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山田花太郎様、私は貴方が好きです。
と書かれたカードと箱が丁寧に僕の机の上に置かれていた。今日は何の日、かなんてとぼけるつもりはない、否が応でも周りの甘い匂いと雰囲気で今日が何の日かくらいはわかっていて視線を上げて他の人を見渡すけれど誰も自分には目もくれず仕事やら、貰った箱を眺めているやら様々だった。視線を箱に戻しながら、毎年僕には関係のない行事だったのだけれど、今年はどうやら予想が外れたようで目の前に机の上に丁寧にラッピングされた箱の中身はきっと、ちょこれえとと云うものなのだろう。貰っていた人がそういうものだと自慢をしていたから、食べたことはないのだけれど名前だけは知っていてとても甘くて蕩けそう、らしい。いつ頃から流行りだしたのか、どの人間がこの風習を尸魂界に持ってきたのかは解らないけれど、(僕が死神になった時にはもうあった)無関係だった僕に初めて貰ったそれはこれほどまでに足を軽くするものなのだと思いながら、去年自慢していた人の気持ちが少しだけ分かるような気がした。

辺りをきょろきょろと見渡し誰にも見られていないことを確認しつつそれを素早く懐にしまった。机から剥がして手で触れてみると案外手に重みが残るもので、何故かそれを感じたら急に恥ずかしくなって顔を伏せる、誰も僕のことを気に留めているわけがないことを知りつつもそうしてしまうのだ。

「山田班長?」
「っ…うわああっ…!」

突然肩に手を置かれ身体がそれに驚いて、思い切り跳ねたと声は大体同じくらい。その声が大きかった所為で他の人に睨みをもらい大きな声で謝ったらまたその倍視線が痛くなってしまった。懐からちょこれえとの箱が落ちないように気を付けながら、いろいろな意味で心臓が早鐘を打っている中後ろを向くと甘い香りが僕の鼻を掠めた。おはようございます、と元気よく挨拶してくれたのは僕が班長を勤めている班の隊員の一人、さんだった。 さんはよくいろんな人から絡まれる僕を助けてくれる心強い女の子。お荷物隊として云われている四番隊の中で唯一強いと自負しても良いくらいに強いのに、何故か四番隊希望した不思議な子でもある、けれどとても優しくて可愛くてそんな彼女のことを秘かに想いを寄せていたりする。

少し、だけさんがこれを僕にくれたならいいなあと思っていたりもしていたのだけど、人生都合の良いようには行かないものだからと思い直して山田班長、と疑問符をつけたさんと視線を交わす。

「…、さん…どうした、んですか?」
「今日は何の日か知ってますか?」
「ば…バレンタインですよね、確か」

問題は確信となって彼女に云う。問題になっていない問題を答えると彼女はぱあと笑顔を咲かせて何度か手を鳴らした。また他の隊員さん達に鋭い視線をもらっているというのに花のような笑顔は変わらない。可愛いなあと思う。

「せいかーいでーす、山田班長は誰かに貰いましたか?」
「あ、いえ…それが…」

懐にしまったちょこれえとの存在が一段に大きくなって、無意識にそこに手を置いたのを不思議そうにさん僕を見た。あ、しまったと思ったときにはもう遅くてさんは掌に拳をぽんと置いて一人でああそうかと納得した。慌てている僕を気にも留めず一人で頭を上下に感慨深そうに振っている。嘘でも、否貴方からじゃないちょこれえとは頂きませんと云えばよかったかもしれない。

「うーん、好きな人に貰った山田班長にはもうチョコレートは必要ないですね」

勘違いです、とやっと云えた時にはさんは一人でまた違う世界に旅立ってしまい僕はどうすることも出来ずに椅子の硬さと、箱の硬さを感じている。どこをどう変換されたのかは到底推測できるものではないけれども、これでさんからのちょこれえとは戴けない。多分口振りからすると僕にくれるつもりだったのだろうから。その途端、懐に入っていたそれが色褪せて見えた。これがどんなに貴方からだったら良かったのか、送り主が分からないちょこれえとを八つ当たりかもしれないけれど少し恨んでしまった。

そうですね、だから山田班長、と口を突然開いたさんを見上げた。綺麗な目が僕を映す。

「大事に食べて下さいね、私からのバレンタインチョコレート」

仕事に戻りまーす、と僕に云い残して彼女はそくささと云うが早いか部屋を出て行った。僕は何が起きたのか訳が分からず固まったまま。

だってきみが好きなんだもの