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「ジャスティン?」

協会に自分の声が思いのほか響いて恥ずかしくなる。だから音を下げて名前を呼んだというのに誰も居ない協会ではそれすらも意味をなくし思い切り壁にぶつかっていく。探し人の姿が見当たらなくて肩を落としつつ協会の扉を閉めると古い所為かぎいと油の足りていない音がした。いつも突拍子のない行動をしてくれるジャスティンを捕まえるのは並大抵のことではない。そう思ったらどきどきしていた心臓は一気に急降下し、げんなりとした。

春になりかけているわりにはまだ肌寒さが残る、木々を見てもまだからりとしていてそんな素振りは全く見せていないけれども。紙袋ががさがさと風になびいて早く送り主に渡せと、催促されているような気がして気の滅入りは余計だった。外に居た他の宗教者の人に聞いてみても神父様は見ていないということ。一日に一度は協会へと足を運んでいるのに見ていないのはおかしい。もしかしてジャスティンはバレンタインという行事を知らないのかもしれない、そう考え出したら袋に入っているチョコレートの末路を想像してまた気分は一段と沈む。

「どうせ、私の作ったチョコレートなんて美味しくないだろうけど」

そうだ、例えジャスティンを見つけられてチョコレートを食べてくれるとしても美味しくないチョコレートを態々好きな人にあげるのもどうかしてる。だったら居なくて良かったんじゃないの、好都合だと思っては見るけれどちくちく痛む胸の内はどうしたって隠せなかった。なんなんだ、もう。

公園を散歩しよう、そうしたら少しはこの枯れた気持ちも癒せるだろうと足を公園に向けたのはよかったのだけれどもまさか、こんなに寒いとは思っても見なかったし、まさかジャスティンに会えるとも思ってもみなかった。今日は驚くことが沢山ある。公園に神父様とはなんとも似つかわしくない組み合わせだ、何もない殺風景の公園に唯一色のある浮いた存在、だけれども目を奪われるのには十分だった。今更あげるのも莫迦莫迦しくて何やら木々を見て瞑想に耽っているジャスティンに気付かれないよう踵を返したのだけれどこんな小さな公園、小さな音でもよく響く憎たらしいったらなかった。じゃりと砂を靴で摺る音がジャスティンにも聞こえたらしく踵を返そうとしている私の名前を静かに呼んだ。静かなのによく通る声は私の身体を震えさせた。

さん」
「あ、っこ、んなところで何…しているの、偶然だね」

確かに偶然なのだが、なんだかいけないことをしている気分になった。いつもは偶然に出会うことは天に昇るくらい嬉しいことなのだけれども、今はそんな気分じゃない。今さっきジャスティンにこれをあげることを止めたばかり、なのに本人を目の辺りにするとなんだか悪いことをしたわけでもないのにそんな気持ちにさせられる。チョコレートの入った紙袋をジャスティンの視界に入らないように背中に隠した。ジャスティンはそんな些細な行動に気にも止めて居ない顔でにこりと笑う。

「ええ、今日は天気もいいので」

一日中此処に居るんです、と云った。こんな寒いのに良く一日中居れるなあとジャスティンが空を見たので同じように空を眺めると隣で袋がかさかさと鳴る音がした。空を見ていた筈のジャスティンはもう空は見ておらず私が隠した袋を開けている音だと気が付いて慌てる。

「な、なに」
「今日はバレンタインでしたね。これ、僕宛てなんでしょう」

口元を緩ませて静かに微笑んだジャスティンに恥ずかしくなって俯く。疑問でなくて確定出来る自身が何処から来るのかは謎だけれども私は黙って頷いた。俯いたまま上をちらりと盗み見るとばちりとジャスティンと視線が合ってしまいまた恥ずかしくなって視線を泳がすけれど彼は此方を見たまま私が泳がせているそれを合わせるまで見ているつもりなのだろう。そう分かってはいるけれど、目線を合わせるのが気恥ずかしくていつもは平気なこともバレンタインと云う行事の前では私も乙女らしい。

あなたのしあわせが、わたしの幸せです。