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朝起きると、いつも隣のベッドで寝ているエドがいなかった。
いつもは私より起きるの遅いくせに今日はやたらに早い。時計の針を見るとまだ六時前だった。どこに行ったのかなと思いながら扉を開くと変な位置に変な人だかりが出来ておりその中心が見えないくらいだ。どうしたのだろうと目を凝らすとその周りを囲っているのはなんと女性だけで、またよく見ると金色のアンテナが左右にゆらゆらしているのが見えて思わず扉を反射的に閉めてしまった。

「あれ、ってエド…、?」

もう一度扉を開けて廊下を見るとこの数十秒の間にまた人が増えておりもうエドなのか確認できなかった。どうしてこうなっているのか状況が読めない私はその様子を呆然と見ているしかなかったのだけれど、人だかりの中心から潰れたような声で助けを求めているエドの声がして私は取り合えず人ごみに近づいてみることにした。けれども先へと進もうとするだけで前の人の肘が狙ったかのように鳩尾に入る。寝起きの、しかも何も入れていない胃からは何が出るでもなく胃液だけが込み上げて食道まで駆け上がってきたのを合図に脳はしかとそれによって覚醒した。

「………、」

錬金術師をなめているんじゃないわよと一人で盛り上がりながら肘をけしかけた前の人間の間を無理やりこじ開け、真ん中に居るエドの手をどうにか探り出し、力いっぱいに引っ張ってぐたりと疲れ果てているエドの腕を痛いと云われようが無視してもといた部屋に押し込んだ。がちゃん、と鍵を落として何で朝からこんなに疲れなくちゃあいけないんだろうとぼろ雑巾のようになっているエドを尻目に思った。いつも目を引くけれど、今日は一段と酷いなあ、何の日だったっけと考えていると先程の輪から窒息死しかけていたエドが口をぱくぱくとした。

何かを云いたげだけれども、まだ酸素が足りないらしく金魚が餌を欲しがっているかのような口の開きに笑いかけて目付きがあまりにも笑っていないエドを見て堪えた。ここでこらなくちゃ後でエドの仕返しが待っている、それは厭だ怖い。頭では理解しつつも人間中々それは止めることが出来ない、エドが今度は逆に酸素を吸いすぎたのか思い切りむせ返り床に咳を叩き付けたそれを見て私は小さく噴出してしまった。咳の音で気付かれていないことを祈りつつエドに背を向けて昨夜置いておいた水差しを差し出すとエドは顔を朱くしながらそれを受け取って一気に飲み干した。

「っ…はあー、…」
「エド、大丈夫?」
「…、この様子を見て、も、そう…思うか、?」
「全く」

エドはだいぶ落ち着いた呼吸をしながらベッドに再度飛び込んでいった。
そういえばいつから起きていたのだろうと聞くと私が起きる少し前に起きていたらしい、朝御飯の買出しに外を出ようと思ったらあの通りになったという。何かしたのだろうかと頭を悩ませようとしたのに、先手を打たれて何もしてないという言葉が返ってきた。じゃあ、何もしていないのなら今日は何か特別な日だったっけ、と首を傾げて考える。誰かの誕生日でももう皆とっくに過ぎた。あ、そういえばアルが朝から見当たらない。何処に行ったのだろう。

「ねえ、」
「アルは俺がああなることを予想していたのか知らねえが、朝飯を買いに行ってる」
「あ、そう」

なんだか今日のエドは私の云おうとすることを分かってしまうのか直ぐ答えを云う。今日のエドは何処かおかしい、もしかして先程の戦争のような場で頭を打ち付けて螺旋の一本や三本、落としてきてはいないだろうか。

唸りながら隣のベッドからエドを見るとエドは口をへの字に曲げて私を見ていた。あれ、もしかして私が何かしたのだろうか、だからいつもの無神経さを通り越して神経質になっているのだろうか。取り合えずここは謝った方がよさそうだ。

「え、」

ど、と名前を呼ぼうとする前に何故か隣に居たエドの唇が耳元を掠めて両肩を強く押された。ばふん、とベッドから空気が抜けて私は呆然とする。あれ、エドは隣のベッドに腰掛けていたのではないの、いつの間に私の上に、いるの。エドはしたり顔で私を見て、一言さっき笑っただろうと邪悪な顔つきで云った。さあと青くなる私の血液にエドは笑みを深くしていく、まさかあんなときにでも周りを見ているなんて本当今日のエドはどうかしている。

「今日が何の日かも忘れているみてえだし、」

呆れた口調で、だけれどとても愉しそうな声色で両腕を掴まれて動けないことをいい事にエドが私の唇に噛み付いた。その途端エドとの間に意思の疎通というか、今日がバレンタインであり、甘ったるいチョコレートが世界中どこでも匂う日なのだということを思い出した。

内緒話するみたいにくちづけ