しあわせのワルツ

ついていないと云える事をあげたら切がない。たとえば今日朝起きた時寝ぼけて机の角に足の指をぶつけた、地味に痛かったと思い出すだけで目じりに涙が溜まる。学校に行く途中苦手な犬に突然吠えられた上に追い掛けられ、私が逃げて犬が私を追いかけてきてそれを飼い主らしき知らないおばさんが追いかけるという異様なものが出来た。私は逃げ惑いながら学校の門をくぐり犬の手というより犬の歯から逃れることが出来た。授業中、いつものようにノートに黒板に書いてある事を写して窓側の席である私はぼうと外をふと眺めたら隣のクラスの村田健がクラスメイトの渋谷有利と元気良く走っていた。隣のクラスは今は体育の時間なんだと思っていたらいつもは当ててこない先生からのいきなりのご指名に授業をノートを取る事しかしていなかった私は数秒前の先生の話を聞いておらず質問された事に答えることが出来なかった上、変な声を出してしまいクラスの笑い者になってしまった。(校庭で村田健が派手に転んだのを見たからだ。)やっとお昼になったと私はいつものように屋上へとお弁当箱を持って走っていく。友達は寒いからと云って春風の吹く外での食事は厭だと拒否された。

私は屋上で食べる事がこの学校にいて唯一の楽しみと云っていい位、此処で食べるのが好きなのだ。屋上の扉を開くといつも通りそこには誰もいない。私は定位置である柵の隣に腰を下ろしてコンクリートを椅子にした。朝早起きして作ったお弁当を広げてさあ頂きます、という所で友達の云っていた春風が柵から通り抜けて制服のスカートを宙に浮かす。膝に乗せていたお弁当ががしゃんと云う音を立ててコンクリートに落ちた。頭から石が落ちてきたというのはこのことかと感じながら落ちたお弁当箱と中身を見て今日は本当についていないと思った。

「お嬢さん、何かお困りですか?」

かしゃんと柵に何かが当たった音がし、隣を見るといつの間にか隣には校庭で派手に転んで渋谷有利に手をかしてもらっていた眼鏡男子で何を考えているのかいまいち分からない村田健だった。さわやかに広がった村田健の笑顔に驚いて黙っていると落ちたお弁当を勿体無い、ともらしながら拾ってそれをあろうことか自分の口に放り込んだのだ。黄色くてだしの味で作った卵焼きを喉に通した村田健は何を考えているのかいちまいち分からない笑顔を私に向けた。

「うん、美味しい。って料理上手かったんだね」

村田健は落ちた汚いお弁当の中身を何も発する事ない私の目の前で全て平らげ、綺麗になったお弁当箱を膝の上に乗せてくれた。そこでやっとなんで、と呟けた私に村田健はどこから出したのかビニールの袋に入ったパンを空になったお弁当箱の上に乗せた、かさりとビニール袋が擦れた音がした。

「美味しいお弁当食べちゃったお詫び。あげるよ」
「…あ、ありがとう…」

村田健はじゃあ、と右手を上げて扉の向こう側に消えた。忍者のように出てきたかと思えば帰りはあっさりと扉から出て行った脳内で不思議ナンバーワンの村田健の中身が以前よりももっと分からなくなっていた。かさかさと春風になびくビニール袋の中を覗くと食堂で一日限定販売のいつか食べてみたいと思っていたクリームパンが二つそこには入っていた。