小さな祈り

ただ、なんとなく思って見ただけだった。エドが私とこうして生涯を共にする相手として選んでくれたのはもしかしたら誤りだったのではないかと、ふと思ってしまった。そうすると感情は不思議なもので疑問と悲しみと、滞りが渦を巻いてぐるぐるするのだ。エドは月に一度の機械鎧のメンテナンスにウィンリィの所に行って家には居なかった。だからかもしれない、少しの淋しさの溝にはまって考えていくことが深くなりこんな事を思ってしまったのは。信頼していないわけではないけれども、不安になるものなのだ。こうも幸せなことが続くと人間はこれは真実かと疑いたくなるもの、まさにそれが私だった。

朝食の片付けの途中でお皿を一枚床に落として割った。洗濯物を干した後で強風で一枚バスタオルを飛ばしてしまい結局見つからなかった。部屋の片づけをしていたらうっかりエドの大事な本の数頁を掃除機で吸ってしまい取り出すのにお昼までかかった。お昼に帰ってくるかもと思ったエドが未だ帰らないのはさっき鳴った電話でウィンリィの所でご馳走になってくるということだった。ちゃん、と受話器を下ろすと黒電話は音を立てて元の場所へと戻る。やっと慣れてきた日常生活だと云うのに今日は失敗の連続。不安は身体中の至る所に支障をきたすらしい。

「ねえ、そうは思わない?」

昔、ウィンリィが誕生日の時エドとアルが錬金術で作った人形の前に失敗作があった、それは私が何を思ってかは今じゃあ分からないけれど頂戴と強請って貰ったものだった。ウィンリィがあの時泣いていたけれど今は大事にしてあるあの人形よりはずっと可愛くなくて、片方の頬なんてこけてる。人形と呼べる可愛い出来ではなかった。小さい子供からしたら可愛くない、格好良くないものなんて要らない筈だ。そんな人形なのに私は欲しがって、それを今でも大事にとってあるなんて、と思うと少しだけ笑ってしまった。

その人形を手に取ると所々ほつれがあって、可愛くない人形はただの汚い人形に成り下がっていた。それがなんだか私は淋しくなって残った家事を全て放り投げてあまり得意としない針と糸を使う作業、裁縫をすることにした。エドが居る時ならばエドが面倒臭いと云いつつもしてくれるから私の裁縫の下手くそさはそこから上にも下にも行かず止まったままだった、その裁縫を今からするのだと思うと不安と期待が混じり合いながら小さな穴に糸を通すことにした。

「ただいま」

家に帰宅を知らせる言葉を云う頃には外は薄っすらと光だけを残して闇に落ちていた。玄関の扉を開けるとエドの視界には真っ暗闇が彼を包み、いつもならば夕飯の良い匂いがしていたこの家からは静けさだけがそこに存在していた。厭な予感が額からすうと一筋落ちた。今日はなんだかおかしかった。朝からメンテナンスでウィンリィの所に行って来るとに伝えると少しの沈黙の後取ってつけたかのように笑顔を向けられたし、昼電話した時は覇気があまりないような声色で話した。それが不安になって午後からの仕事はミスばかりして大佐に揶揄され、無二の兄弟である筈のアルからもあまりを不安がらせないでよ、と釘を刺されてしまった。不安を胸に孕ませた彼は荷物も何もかも放り投げて彼女の部屋がある二階に繋がる階段を駆け上がった。

「、エド?」
「…

扉を開くとそこには床に座って色々なものを広げているの姿がエドの不安を掻き消した。エドの慌てた姿をは不思議そうに見つめた後、おかえりなさいと静かに云った。

「あっ、ごめん。ご飯まだ作ってない」

今から急いで作るからと何かをベッドの下に隠す姿をエドは視線を外さず見ていると慌てたように彼の視界から布切れやら裁縫道具やらを隔離した。そして振り向いたはどうしたの、と苦笑いをしているかのように片方の頬が妙な上がり方をしていた。何がいいと聞いてきたにシチューと答えるとその苦笑いはくすくすと小さく音を立てる笑いに変わる。スリッパの音が外に出て行くとエドはが隠した何かをベッドの下から探り出した。それは、古い生地で出来た人形だった。つい今日の朝まで家に馴染んで見慣れたそれは同じものとは思えない程ほつれていた。前のも綺麗とは云い難かったがこれはそれ以上に酷い出来だ。予想はつく、が自分で直そうとして失敗したのだろう。ボロ雑巾のような有様になってしまった人形を手に愛おしい笑いが込み上げてきた。