空色

好き、と云えたら振り向いてくれるかしら。愛してると歯が浮くような事を云ったら先生は笑って受け止めてくれるのかな。と鉛筆をくるくるさせて机に何度も転がしたらからからと云う音を立てて自分の肩幅くらいの距離を行ったり来たり。前では先生が授業の内容を話している。授業が始まって三十分くらい経った今でも先生の声は掠れもせず気持ちの良い声で真剣に、そして丁寧に説明をしていた。私はその訳の分からない言葉たちを聴きながら三十分間ずっと鉛筆を転がしている。隣ではクラスメイトではあるけれど知らない男の子が煩そうに眉を寄せたのが分かったけれどそれを一瞥しただけで鉛筆の持ち場は変わらなかった。

私は学校で云う落ちこぼれの生徒の一人だった。一番がいるなら一番下がいる、それだけの話。私はもう何年も同じクラス、つまりうみのイルカ先生のクラスにいるわけで同級生が卒業していく度に私だけは変わらず此処に留まりそして知らない人がこのクラスに入りクラスメイトになるのだ。一番年上の私はいつしかクラスに全く馴染むことが出来なくなっていてこうして隣に座るクラスメイトの名前が分からないなんて特別な事ではない。知っている名前と云えばずっと担任であるイルカ先生くらいだ。先生はクラスに馴染もうとしないことを咎めたり、卒業できないことをとやかくは云わなかった。ずっと近くで見守られている感覚だけが私の周りを優しく包んでいるだけで、先生から一度も何かを云われたことがない。そんな先生にいつしか私はその優しさをくれる先生に恋心を抱いていたのはいつだったか。

「今日はここまで。ちゃんと予習してくるように、以上!」

先生の声で鉛筆の転がすことを止めた丁度それに続いて終わりを告げる鐘が鳴った。周りは一斉に帰る支度をしている、そうだ、明日は卒業試験。いつの間にかまた一年が過ぎていて私は頭に一文字も入っていない授業内容をどうやって予習してこようかと考えた。さようなら、イルカ先生と云うクラスメイトの声に明日な、と先生の声が重なった。私は早く教室を出たくて後ろの扉から廊下へと出て早足で下駄箱へと向う。

「明日な、

イルカ先生の声が聴こえた。驚いて後ろを向くと先生はいつもの何ら変わりない笑顔で明日と私に云ったそれに私は喉に何かが詰まったような感覚で何も返事をする事が出来ずにぎこちない笑顔でイルカ先生に返事を返した。早足で川辺まで来たところで明日なんて、不確定な事を何であんなに笑顔で云えるのだろうか、先生、と呟いたそれは川のせせらぎに消された。