同じ空の下

先生と呼ばれて振り向くと知らない女性が立っており、己には珍しく驚いた。先生、なんて自分を呼ぶのだから教え子の中の誰かなのだろうと記憶の中を探ってみても記憶力があまり良くないガイには誰だったのか思い出せなかった。目の前に立って此方に向かって微笑んでいる女性は一言で云えば美人の類に入った。成長した教え子全員に会う機会も、中には忍を辞めてしまうものもいるものだから思い出せないのも当たり前なのかもしれない。しかしその女性はそんなガイの心情を知ってか知らずか相変わらず笑みをたたえながら、ですと名乗った。名前を聞いてもガイは一瞬では誰だか思い出せなく数秒の時を要したが彼女が今の教え子の前に受け持っていた班の子供だったと思い出した。か、久しいなとやっと不審な表情から笑顔に変えると微笑んでいたは太陽の光のような笑顔に変わる、機転の変わりようにガイは驚いたが直ぐにのお久しぶりです、と云う返事に掻き消された。

を受け持っていた時、彼女は十五だった。優秀と云うわけでもなく、逆に落ちこぼれでもなかった。極普通の子供だった、班内では一番よく笑い、失敗した時にはよく泣き、成功し、褒めた時に見せるはにかむような笑顔が眩しかった。走馬灯のように沢山の記憶が思い出され何で思い出せなかったのか不思議に思い、彼女を見やる。服から覗く肌の色は忍らしくない真っ白でそこに少し肌の色を混ぜたような感じだ、服もワンピースと云う涼しげな格好でガイは目を細める。その態度に気付いたはすうと目を細めて、そのまま閉じた。覚悟を決めたかのように、その時だけ笑みは消えていた。

「忍は辞めたのです」

そして笑顔に戻る彼女にガイには珍しく動揺した。 その動揺は心臓にも走り脈が早くなる、頭の中は何故と云う疑問が浮かぶ。彼女は、は一番忍になる事を誇りに思い、その役職につける事を一番喜んでいた。そんな彼女が何故辞めたのか口を開きそうになり思い留まる。そんな彼女なのだから理由なんて聞けないだろうとそうか、とだけ返したガイには静かにはい、と答えた。静かな彼女に対してガイは同じように黙る。太陽の熱で汗が滲みだしたの身体は忍ではない事を知る、服装もそうだ、肌の白さも。本当に忍を辞めてしまったのかと淋しくなった。何故こんな気持ちになるのだろうと考えてもガイには分からない。

「ガイ先生、」

沈黙で少し辛くなった空気に静かな声が響く。太陽は相変わらず暑い、街の賑わいは滞る事無く続いている。けれど彼女の声はしかと聞こえた。

「また会えたら今度はお茶でもしましょう」

最初先生と云って引き止めた時の微笑みになり、はお辞儀を深くすると踵を返しガイからは彼女の顔が見えなくなる。ひらりと踵を返す時に翻るワンピースで隠れていた部分の足がちらりと覗く。そこから伸びる一本の線にガイは目を見開いた。嗚呼、そうなのかと鼓動が早くなり、沈み、息が止まる。考えるよりも心が動く、大きく張り上げた声には笑ってくれるのだろうか、太陽の光のような、あのはにかむような笑みで。