愛すべき明日

彼女に翻弄される、と云っても彼女が意識していることではなくそれを見た己がそんな彼女につい従ってしまうだけのこと。惚れた弱みとでも云うのだろう、彼女、つまりはそんなわしの気持ちに僅かにも気がつかない鈍感娘だった。年は自分よりも十と六つ離れた、わしから見ればはまだ何も知らぬ、世間知らずで可憐な女人だった。そんなを見る自分が何処か娘を見る父の視線ではなくなり始めていることに気がついたのはが胸まで伸びる長い髪の毛を邪魔だと云いながら一つに括った時だった。その時に見えたいつもは見えることのないうなじが偶然にも目に入ってしまった、悪い事をしたときのような罪悪感が一瞬で身体を巡り直ぐに見えた太陽の光を滅多に浴びない真っ白なうなじから視線を逸らしたが脳裏に焼きついて離れなくなってしまいその日暫くは彼女の顔を見る事が出来ずにいた。

彼女に笑いかけられた、のはわしではなく同期の普賢に向けられた笑みだった。三人でお茶会をしようとなんとも可愛らしい提案をしたのは女のではなく普賢でそれを快く了承したのがだった。わしはさり気についてこなくてもいいよと云う普賢の視線を無視しながら一緒のテーブルを囲む、は紅茶を好んでいるのか隣の普賢に美味しいと笑った只それだけだ。それだけだと云うのに自ら手にしている紅茶のカップを取り落としそうになった。普賢は何かを察したかのような意味深い笑みをわしに向けた後、に向き直りそうだね、と笑いかえしたそれに人間のような嫉妬心と云うものが仙人界に来て初めて芽生えた。他の道士に対してならいざ知らず、真の友と呼べる普賢に対して沸くのは少しおかしいと感じ、茶菓子であった食べたことのない菓子を口にした。さくりと音を立てたそれは桃とは違い、空気のような甘さを含んでいた。