「無事で」
「君もね、」
そう云って村田君は魔王である渋谷君と共に船へと乗っていった。私はそれが小さくなるまでじいと見ていたら瞬きするのも忘れてしまっていて船が見えなくなった頃には目はからからに乾いていて暫くは目が開けられない程痛かった。眞魔国へと戻ると城に残ったギュンターとヨザック達が淋しそうに笑って出迎えてくれたのをみて、一時の事だと思い、皆と同じように笑い返した。部屋へ戻るとしんとしていて小さなテーブルにはもう冷たくなった紅茶がカップに入ったままになっていた、突然の異国への旅立ちに無事で帰ってこられるかわからないという保障無しのものだ。コンラッドがついていったところでそれは眞魔国の魔王である渋谷君にだけ通用するもので村田君には護衛などおらず、それを分かっていながらももしもの時は自分で身を守るなどとその場限りの事を云ってのけた村田君に反論した私の言葉は勿論最初から受理されることなんてない、それでも彼を止めたかった、私には彼を止める力があるのだと思い込んでいた。それは結局過信に過ぎなかったのだとひしひしと今回の事で感じてしまった。村田君はそんな命の保障のない旅に二つ返事で行くと云い行ってしまったのだから。私は椅子に座りその冷めた紅茶を口に含んだ、葉を入れっぱなしにして置いた所為で苦くて涙が出そうになる。ぐっと堪えてそれを全部飲みほしたらなんだか勝った気がして少しだけ気分が良くなった。
それから私は暫くは眞魔国に居たが彼等が旅に出てから一ヶ月程経ったある日、誤って噴水の中に落ちてしまいそのまま地球へと帰ってきた。それは誤ってなのかそれとも私はそうなる運命だったのか分からないけれど何度も落ちた場所からまた眞魔国のある世界へと戻ろうと試みてもそれは出来なかった。中学卒業だと云う時も村田君も渋谷君も姿が見えず、結局そのまま最後の中学は終わってしまった。私はあれから一年あちらの世界へは戻る事が出来なかった。村田君の安否が不安になって暇さえあれば水の中に身体を突っ込んだが冷やかされるだけであちらの世界へは繋がらないまま。カレンダーは此方に帰ってきてから見れなくなっていた。彼が居なくなった日は最初から存在しない。