エドワードはただ何もせずぼんやりと窓の外を眺めていた。汽車はそんな彼を置いて目的地まで進んでいくのをただ彼は軽く上下する動きだけを感じているだけだ、アルフォンスは兄を心配そうに見ているだけで言葉を紡ごうとはせず手を膝の上に乗せそんな兄の様子を伺っていた。心の何処かで突っかかる想いがある事をエドワードは自覚していたのにも関わらず、それを知らない振りをしていた報いなのかと窓の向こうで繰り広げられる目まぐるしい光景にただ愕然とする。こうしている事がもう習慣だとでも云うかのように時計の針は二週した。リゼンブールを後にしてから早一年半が経過しており、その間エドワードは外の風景と同じくらい、若しくはそれ以上の目まぐるしさに頭をついていかせる事で精一杯で彼女の事など片隅にも思い遣っていなかった事に後悔をしていた。後何時間こうしていれば故郷に着くだろうかと逸る気持ちを抑えながらじりじりと痛みだした肘に悪態を付いた。

「兄さん、着いたよ」

アルフォンスに起こされいつの間にか眠ってしまっていたエドワードは眼を覚ますとあれ程進んでいた景色は動く事無く同じ場所を映し出している。外は一年半前と何ら変わっていないリゼンブールの姿だった。アルフォンスの言葉に相槌を打ちながらトランクを手に汽車を降りれば匂いも懐かしく感じる、それを胸いっぱいに吸い込みアルフォンスの言葉を聞く事なくエドワードは歩き始めていた。何故忘れていたのかと思う程に気持ちは前に前に進み、彼女を求めていた、アルフォンスはそんな兄の気持ちを察しているのか何も反論する事なく鎧をかしゃかしゃと鳴らしながらついてくる。歩きながら然程変わり栄えのしない故郷に嬉しい気持ちがエドワードを更に高ぶらせる、そんな彼に前方から手を振る人影が夕焼けにより照らし出され影は大きく自分達の方を向いていた。エドワードは眩しくもないのに反射的に眼を細め、名前を口に出す前にアルフォンスが嬉しそうにその人影に向かって声を張り上げた。

、!」

アルフォンスの声により相手の影はどんどん短くなりついにはエドワードよりも小さいものとなる。息を切らして寄ってきた、久しく見なかったは故郷とは対照的に変わっていた。エドワードは驚きに言葉を無くし、アルフォンスはそんな彼女に向かって喜びの声を上げた。髪の毛は綺麗に伸び、顔つきも幾分か大人っぽくなり笑顔が可愛らしいものから美しいものへと変わっていた。夕焼けの所為かはたまた走ってきた所為かは判りかねた頬の朱みも一層彼女の美しさを引き立てていた。これが彼女を忘れていた代償なのかと思うと胸は益々輪をかけて痛み出す。は心から嬉しそうに顔を綻ばせて二人を見た。

「久しぶり!ウィンリィからエド達が帰って来るって聞いてずっと待っていたの!」
「随分大人っぽくなったね、」
「えへへ、そうかなあ。あまり自分じゃあ分からないけれどね」

そう云って笑う彼女は唯一昔と変わらなかった。エドワードは何て云っていいか分からずに黙り込んでいるそれをアルフォンスが兄さん、と急かす。分かっていると苛々する気持ちと戸惑いが渦を巻いてなんて口にすればいいのか分からない。アルフォンスのように大人っぽくなった、なんて自分らしくないと眉を寄せるその姿にアルフォンスは困った兄さんだと笑った。

「エド、久しぶりだね」

アルフォンスに向かっていた視線がエドワードへとしっかりと向くと云いたい言葉のつまりが一層酷くなり、それに気が付かないはどうしたのなんて笑っている。アルフォンスとの笑顔に圧倒されてエドワードは苛立ってくる気持ちを止められそうになかった。返事を返さずにウィンリィの家の方へ先に歩き始めるエドワードの突然の行動に立ち止まっていた二人は驚き、彼を呼び戻そうと声をかけた処で頑固な彼が振り向くとは考え難かった。ウィンリィの家の扉を叩く直前に中から先に開きエドワードが固まっているとウィンリィが飛び出してきて彼をいっぱいの力で抱きしめれば、あまりの力の強さにエドワードは呻き声を上げた。ウィンリィは半年前に一度中央で会ったエドワードにしてみれば彼女は何も変わらずただ少し恥ずかしそうに自分のした事を悔いて頬を朱らめながらエドワードから離れ、お帰りとぼそりと云った。エドワードは心に灯が燈るような感覚に恥ずかしさを覚えウィンリィと同じように顔を朱くしたのを遅れてやってきた二人に冷やかされ、そこにが入っていた事にエドワードは急激に気持ちが下落していくのを感じた。


「ねえ、ウィンリィ。帰ってきてからのエドって何だか変じゃない?」
気になって仕方なかったは外に出たウィンリィの後をつけ聞いた。そうかなあ、ととても嬉しそうに笑うものだから自分の感じたものは杞憂なのかと思った。夕食の時も彼の大好きなシチューだったにも関わらず眉間に皺を寄せ、錬金術の本を読んで難解な時のそれと同じようなものだったから一概には云えないのだけれどウィンリィが嬉しそうなのだからそれでもいいのかもしれない、と思うようにしは家へ足を戻した。戻ったに待ち受けていたのは何処までも不機嫌そうなエドワードで、先程のウィンリィの方が外れていたんじゃあないかと微かに思いながらもソファーに腰掛けているエドワードに許可を貰おうと口を開けば、機嫌が善くない処か眼も合わせなくなっている彼は静かに好きにしろ、とだけ呟いた。素直に隣に腰掛ければ二人分の重さでソファーが沈みエドワードの眉間が更に酷くなるのを視界の端から垣間見えた。

エドワードは自身の苛立ちの原因を探るべく頭を回転させ原因を突き止めようとしたが、本心を認めたくないのかそこだけを回避している所為で答えはいつまで経っても分からず仕舞いで謎のままだ。そんなエドワードの気持ちを察したかのようにはやってきて隣に座っても善いかと尋ねてくる事にさえ緊張が走る。顔もまともに見れたのは夕焼けに照らされたものだけだった、エドワードは沈み込むソファーに安堵感を覚えながらも、気持ちは厭な方へと向いてく自身が分からない。アルフォンスと仲良く話した彼女が、ウィンリィと自分が引っ付いていたのを笑ってみていた、全てが気に入らなかった。シチューを作ったのがだと聞けばそれは特別な、食べ物に思えた、嗚呼そうかこれが。エドワードはソファーの隅で此方を伺っている髪も、姿も全てが大人らしくなったへとやっと向ける事が出来た。

「なあ、」
「やっと私を見てくれた、ね」
「ごめん」
「何が?私を無視していた事、目を合わせなかった事、それとも忘れていた事、?」

緩やかに、そして少しだけ哀しそうに初めて歪められた彼女はそれでも尚その美しさの前では敵わないらしい。彼女はこんなにも変わってしまったのだ、と後悔しても遅いのだけれど、エドワードは直ぐに微笑みに変わるを見て息を詰めた。

「全部、ごめん」
「そんな事気にしてないよ」
「…
「それよりも、私はエドとアルがちゃんと生きている事の方が大事、なんだから」

ごめんより、ありがとうの方が好きだよ、と云う言葉にエドワードは不覚にも零れだしそうになる感情を必死で堪えながらの好きだと云うありがとうをゆっくりと耳元で云えば大人らしくなった彼女の耳は尋常ではない程に朱く染まる。莫迦だなあ、と揶揄うように笑えばは子供のように頬を膨らませながらエドワードの腕を軽い力で叩き込んだ、かしゃんと音がするその腕にまた少し臆病になった彼女をエドワードは抱き寄せて温かさを伝えるのに専念した。

祈りと懺悔のイルミネーション