怒りに肩を震わせた男が眼に入る。闇をその身に纏う事を自ら進んでしている限り男はいつまで経っても闇の使者だ。もう駄目だ追い出されると覚悟を決める前に身体が地下室から外へと放り出され、覚悟を決めてなかっただけに身体のダメージは相当なものだった。顔を上げればそこに男は居らず一ミリも隙間のないように閉められた扉がそこにあるだけ、言葉の変わりに出た溜息はそのまま吐き出した本人以外には聞える事はなく薄暗い地下室の空間に解けていった。

ねえ、と呼ばれ顔を上げればハーマイオニーが持ち前の髪の癖を前面に押し出すかのように揺らした。そうする事で広がりを見せている髪の毛は一層好き勝手に範囲を広げていくのだからいつしか彼女の顔の何倍にも膨れ上がっていた。

「なあに、ハーマイオニー」
「スネイプ先生と何かあった…あ、ごめんなさい」

咄嗟に謝ったハーマイオニーの言葉を耳に入れながら周りを見渡せば誰も此方に注意を向けていないことが分かり胸を撫で下ろした。早朝ということもあり生徒達は眠気と葛藤するのに夢中で他人の言葉に耳を傾ける余裕がないのだと解釈する。はスネイプとの関係を親友であるハーマイオニーとその他二人(寝坊しているのかまだ起きてきていない)ハリーとロンには話していた、というよりは逸早く変化に気が付き問い詰められた結果なのだが。生徒と教師がある一線を越えた関係である事が認められている学校は万に一つないことは周知の事実であり口に出さずとも分かることである。冷や汗を一瞬の内でかいたは刹那名前の出た当事者へと視線を投げるも当の本人は至っていつもと変わらない姿態度でゴブレットを手にしていた。

「…別に、何もないけれど」
「嘘!」
「何でよ」

嘘と叫んだハーマイオニーの言葉が思いの他大きかったらしくグリフィンドール席に腰掛ける数人が飛び上がったのが目に入る。驚いた数人は明らかに気分を害した様子だったけれども眼が覚めたのだから結果オーライだろう。確かに何も無かったというのは嘘だが自分が嘘を顔に出す程正直でも下手だともあまり思えないは云い返した。

「だってス…彼を見てごらんなさい!」

先程見た、とは云えず再度彼女の意向に沿って周りにばれぬよう顔を上げてみるも視界に映るのはさっきから代わり映えのしない男の姿だった。天井の窓から零れ落ちる光が手にしているゴブレットを一際綺麗に見せていて、手にしている主役とも云える男が何故かゴブレットの装飾品のように見えるのが可笑しかった。思い切り笑いたい処だったが朝と云う事を忘れては居なかったは堪えた。しかしその可笑しさ以外で一体何が違うのだろうと、は云いたい事が納得出来ずお皿に視線を落とすと同意を求めるね、と云うハーマイオニーの声がしたけれども一向に意図が掴めなかった。

「ね、って云われても…いつもと変わらないよ?」

同意の言葉に返答しながらフォークで野菜を突き刺し、口に運ぶという動作を何度かしていたら隣から非難するかのような溜息が聞えてくる。ぼそりとハーマイオニーの唇からは珍しくスネイプに対する慰めの言葉が聞えてきたりもしたがは聞えている筈なのだがそんな素振りを見せようとはせず、一生懸命にサラダを口に運んだ。(善くもまあそんな鈍ちんで関係が続いているものねと云わんばかりの溜息がまた零れる)

「さっきからずっとゴブレットを手にしたまま、しかも新聞なんて全く、一文字も頭に入っていないわよ!あんな彼の姿なんて見たことない、末期だわっ!」
「……、」

ハーマイオニーの言葉をはいつもの難聴を装って無視をしたが、十八番となっているので隣からはまたかと云った呆れた視線が飛んできているのをひしひしと感じながらも眼下にあるお皿の上に乗っているものを全て平らげるまではそれを貫いた。は知っていた、あの男(スネイプの事だ)は本当はダメージなんて所詮ミジンコ一匹分にも及ばない程なのだと云う事を。それは男と恋仲になってから数ヶ月と云う短い時を経て彼女が学んだことだった。最初の頃は行動する事ひとつひとつ見たままの意味を汲み取ってしまい直ぐに謝りに行ったりしたが、あれは全て陰険教師の思惑そのものであり純粋無垢だったは何度騙されたことか。

はその事に気付いてから、どんなに不機嫌な雰囲気を醸し出していて、それが喩え授業中でハリーがその虫の居所の悪さそのもの(普段よりも多少上を行くくらい)を食らったからと云って絶対に謝りたくはなかった。(スネイプはその所業で更に彼女の機嫌を損ねていることに気付く様子は見受けられない)そもそも喧嘩の発端はスネイプにあるのだ、とはハーマイオニーを置いて席を立つついでに教員席へと視線を向ければ男はまだ(ハーマイオニーの云う傷ついている図)のゴブレットと一向に進まないとされている新聞を手に座っていた。

「あれ、ギャグのつもりかしら」
「そんな訳ないでしょう。鈍いったらないわね」
「それにしても全く面白味のない…だから生徒に嫌われるんだわ」
、それは違うと思うわよ」
「そうね、あの平気で嘘をつく処が駄目なのかも」

それも違うとハーマイオニーは訂正したかったのだが生憎彼女はそこまで恋愛脳になってしまった親友の眼を覚まさせてやるのは幾らなんでもやりすぎだと思っているので否定も肯定も喉元で留めた。口ではどうしようもない人だと罵ってはいるがあの根暗教師と恋仲になるだけあってちゃんと愛を向けているのだ。言葉全体で見れば確かに冷たいようにも見えるが端々に男への想いがしかと込められている。(とハーマイオニーは思っている)

先に寮に戻っているからと止まっていた足がやっとの事動き出しはさっさとグリフィンドール寮へと帰っていく後姿を先程から此方を窺っていたホグワーツの嫌われ者である教師が何食わぬ顔で立ち上がり追いかけていく。もとより男の行動は生徒達の好奇心に微塵も影響力を及ぼさない為、誰も気に留める者は居なかった。彼女の親友であるハーマイオニーを除いては。先程から男を観察していた彼女は勿論演技ではない事を知っていた、スネイプの動揺が外に漏れ出す様は実に愉快だった。普段は何を考えているのやら皆目検討をつけようがない男が女子生徒一人にああまでも感情を吐露してしまうとは、ハーマイオニーは早くハリーとロンが起きてくるのを今か今かと待ち望んだ。

2011/02/21|や|山のような酷い話があって