シカマルはいつも面倒臭いだとかやる気を削ぐ言葉を吐いては屋根の上で寝始めるものだから私はいつも簡単にシカマルを見つける事が出来た。シカマルは忍にしては珍しいくらいにやる気がない、情熱がない。いっその事リーさんのやる気を貰うか、爪の垢を煎じて呑むかすればいいのにとさえ思う。そんな事を云ったら云ったで感情を隠す事なく思い切り眉を顰め、吐く真似をする。冗談で云っているつもりもないのにとシカマルを睨みつけた時にはさして興味も抱いていないのか既に眼を瞑っていた。あれ程やる気も情熱も無かった癖に、面倒臭いと云いながら中忍試験に臨んだ癖に受かってしまうとは何事かと私は思ったりもした。中忍試験の合否は大蛇丸と砂の襲撃によってあやふやになっていたものだからシカマルたった一人が受かったという事も騒ぎが収まって、火影様も決まって、そこからまた約二週間経つまで私は全くもってシカマルが中忍になったなんて知らなかったのだ。

そしてナルトを中心にサスケを追いかけていった班の中にシカマルが居た事も、シカマルが仲間を瀕死に追い込んだと自責の念に駆られて涙していたことも全て他人から聞いて初めて知った。私はどれ程の反動を受けたか、言葉に表す事が出来ないくらいの衝撃が頭から真下へと行き、無い胸が余計萎んでいくようだった。シカマルが何も云わないのだから問いただすべきではないと長い付き合いで分かっていた筈なのに聞かされた話の衝撃の度合いがあまりにも大きかった為、私の中で何かがぽろんと外れたのかもしれない。翌日シカマルに鬼の首を取ったかのように詰め寄ればシカマルはまたか、うんざり、お前もか、と云った顔をされた。その中で少し私だけは違っていて欲しかったとシカマルに云われているような気がしたのに私は言葉を続ける。

「云ってくれなかったのは何で?私はシカマルにとってその程度なんだ」

シカマルの顔が盛大に歪む。私はそれを見ても唇の動きを止める事が出来なかった。何で、どうして、友だちじゃあないの、どれをとっても独り善がりの言葉だ。シカマルが好きじゃあない言葉たちを私は平気で音にした。云いたい事を云うだけ云って肩が震え始めてやっと重く閉ざされたシカマルの唇が動く。善く見ればシカマルの服装が少し違っていて中忍の証である緑のベストを羽織っていた。

「お前、そんな奴だったんだな。お前だけは違っているとばかり思っていた」

お前を過信し過ぎていたとシカマルが云って初めて失言だったと唇が止まる。ごめん、と云えばそれで済んだ筈なのに私は何故か云えずに顔を俯かせてしまい、シカマルが呆れの溜息を付かせて踵を返し家へと入っていくまで身体を動かす事が出来なかった。シカマルとはそれっきり、友情はその日から無くなってしまった。

「奈良中忍へ報告書を早急に出して頂くように云っておいて下さい」
「解りました。待機所に居る筈ですから云っておきます」

あれからどれくらいの月日が経ったのかは分からないけれども、シカマルとは一切口を聞いていない。彼が、と云うよりも私がシカマルを避けている所為だと分かっている。シカマルは怒りを持続する性質ではない、只失望させてしまった分のシカマルの態度を目の当たりにするのが怖いだけで、そう思っている内に時間だけが動いていってしまっていた。ナルトは伝説の三人と云われる程の手腕である自来也様と旅に出て行ってしまったし、サクラとイノは医療忍術を学んで凄腕になっている。私はと云えば早々に自分の実力の限界を知り中忍止まり、受付係になり日々書類の整理に勤しんでいる。そうなってしまえばシカマルと会う機会が全くなくなると期待をしたのだがそれは間逆である事を後になって知った。中忍であるシカマルは頭の切れの善さからデスクワークに回されていた。同じ事務処理と云ってもシカマルは火影様直属の部署、私の居る処はそれよりも下だ。いつも知るのは後なんだと肩を落とすももうその頃にはシカマルも話しかける事を諦めていて同じ場所で働いているにも関わらず言葉を交わした事なんて一度もないのだ。

否、一度もないわけではない。簡単な言葉、挨拶なら何度か交わした。けれどもそれが会話の内に入ると云ったらそうでないのだから一度もないに等しい。本当は話したい、前みたいに莫迦みたいな事で笑ったり笑われたりしたいのにどうしても不要な意地が壁になって遮断する。(ごめんねって云うだけなのに)

「今日はもう上がってもいいぞ」
「イルカ先生は?」
「まだやる事があるからな。はもう終わっているだろう?」
「じゃあお言葉に甘えさせて、お疲れ様です」

お疲れ様、とアカデミー時代と何ら変わる事のないイルカ先生の笑顔と言葉を胸に抱きしめて建物から出た。知らない間に陽は隠れてしまっていて月明かりで空が照らされていた。最近おかしいくらいに時間が経つ、仕事をしていても食事を取っていてもあっという間に時間は過ぎていく。何故だろうと思案するまでもなく理由は分かっていた。シカマルが最近砂の里の忍と恋仲ではないかと云う噂が立っているのだ、情報源は主にキバだったりサクラだったり、イノだったりするのだけれど一番シカマルの近くに居るイノが云うのだから間違いないと些か確信している。それが原因だとは認めたくないもののそれ以外に何があるのかと問われればぐうの音も出ない。

都合が善いのも分かっている。友情の復元を怠っている自分にとやかく云う資格も思う資格もない。だからシカマルがそれで善いのなら、と思えば思う程呆けている時間が多くなり時間の経ち方も可笑しくなった。嗚呼、考えるのは止めようと家路へ付くのではなくそこから離れて商店街の方へと足を向けた。少しでも気分を変えようとささやかな抵抗である。街は先程と一転して賑やか、思わず眼を瞑りたくなる程明るい。人混みに押されながら歩いていると見たくないものが眼に入る。(気になるものほど、好き嫌い関係なく見つけてしまうのが人間と云うやつで)きっちりと結い上げられた髪の毛、度々見かける砂の里の、シカマルと恋仲であると噂されているテマリさんが数歩前を歩いていた。

どうすればいいのだろう、と頭が真っ白になるけれど私と彼女は面識がない事に気付き胸を撫で下ろした。このまま人混みに任せ歩いていれば何れ別れるのだからと思っていても、心臓の脈が酷く速い。もしかして私はテマリさんがシカマルに会いに行く途中だと思っているのだろうか、でも、きっとそうだ。だって後ろ姿でも分かる程に彼女は浮き足立っているように見える。愉しそうだ、胸がずんと落ちた。テマリさんは今にも飛び出していってしまいそうな勢いで嬉々とした声を上げた。

「我愛羅、!」

髪の毛がふわりと浮き、テマリさんが走っていくのが分かる。視線を少し上げれば名前の通り砂の里の忍が立っていた。シカマルじゃあないの、と些か驚きに見開かれた自身の眼。目蓋を下ろそうと意識するあまりにやり方を忘れてしまったようで膜が乾く感覚がする、それを阻止しようと涙腺から液が分泌されて視界に流れ込んできた。彼女達はそのまま料亭へと消えて行き、私は人混みに押されそこからどんどん遠ざかって行った。シカマルじゃあなかったと胸が一気に呪縛から解かれた衝撃で一瞬止まったかのように思えた。

噂は、実の処どうなのだろうと疑問と微かな希望が胸を震えさせる。
もし恋仲であるならば木の葉に着いた時点でシカマルに会いに行く筈だ、何で私はこんなにも嬉しくなっているのだろうと先程前を歩く彼女のように浮き足立つのが分かった。暫くはそれで感情は優位に立っていたけれどもシカマルとの友好状況を思い出せば直ぐに気持ちは落ち込んだ。

2011/03/06|の|乗り遅れなかったせいで