正しさなんて最初から持ち合わせていなかった。何をするにも自分本位で生きてこられた私は正しさを胸の内で育んでいたのではなく、只中にある理性に基づいて行動していただけであって正義というものはもとより存在していない。それを証明してくれたのが同期であるテンゾウである。テンゾウは私と同時期に暗部に入隊した癖に隊長を任されていたり里一番と謳われる男はたけカカシとタッグまで組んでしまえる程の実力者だった。その癖、私ときたら彼の隊の中位程度の存在で留まっているし、任務をする上でも捨駒のようなぞんざいな扱い。(まあ私が死んだとしても代わりなんて腐る程居る、それくらいの能力しか持ち合わせていないのだ)同じ時期に入隊して同じカリキュラムの下、任務や生活をしてきたというのに此処まで差が出てしまうものなのかと下唇を噛んでしまい歯型そのものに瘡蓋が出来ているなんて珍しい事でもなんでもなかった。

悔しい思いをさせられ、いっその事死んだ方が暗部の為になるのではないかとさえ思ったくらいの失敗も一度や二度じゃあない。それでも生きているのは持ち前の図々しさと生にしがみ付くしぶとさから来ている。そんな事を考えている内に時間は過ぎ、数少ない休みの大半を過ごしてしまうのだから無駄な一日だと思うのだけれども生憎夢想に耽ることでしか時間を潰せないのだから仕方が無いのだ。だから本来は休みなんて云うものは私には必要ないものである。

「そうしたら何も考えなくて済む」

家族も友人もましてや恋人なんてなく休みに考えるのは只居ない事による虚しさと自由、只それだけだった。彼も自分と同じように生きているのだと思っていたいたからやってこられたのかもしれない、がしかしそれは暫くして打ち砕かれた。そもそも初めから自身の勝手な解釈でしかないのだから間違っていたと云う事に驚きはしない。が、普段から彼を見てきた者としては些か意外なだけである。それを知ったのは彼がはたけカカシと組み始めてからだ。お面越しからでも分かる笑いを殺した声や身体の振るえがとても新鮮だった。何せ彼を見てきて数年間彼がそうした堪え方をするのを見た事がない。もしかしたら彼ははたけカカシによってその考えを引っくり返されてしまったのかもしれないけれども自分には知る術はなく想像上で満足するしかなかった。

「調子は」
「まあままだ。こそ最近上手くいっていないみたいだけれど」

彼の感情の篭り切らない言葉が耳元へとやってくる。
嗚呼、彼は変わっていないのだと胸を撫で下ろせばその後に彼が続ける言葉に眉を顰めたとしても面越しでは表情なんて分からないのだからやっただけ無駄だ。それよりも言葉か気を出した方が直ぐに相手に伝わる簡単な方法。そんなものだから暗部の人間には表情と云うものが一般人よりも自然乏しくなり、素顔が幾ら分からないと云っても見分けるのは至極簡単な事だった。一般人、表任務をこなす忍と比べれば一目瞭然だからだ。はたけカカシのように表も裏もへらへらしているような男は一番感情が分からず、一番気をつけるべきだといい加減外の人間は気が付いた方がいいと言葉にはしないけれども些か思う。

「貴方よりたった一人少なかっただけでそんな風に云われるのは癪に障る」

そこで少し殺気を混ぜればテンゾウは肩を揺らし、猫面を此方へ向けた。笑っている訳ではない事くらいいい加減気が付いている。ずれた面を直せば面に飛び散ったと思われる血液が掌に付着して、それを見ていたテンゾウがまた揺れた。

「そのたった一人が命取りになる、さっき僕が助けなかったら君、死んでいた」
「だったら助けてくれなかった方が善かった」
「…死んだ方がましだとでも思っているのかい」
「此処よりはましだと思いたいわ」

ましね、と呟いた彼の表情は相も変わらず分かりかねたが随分とその言葉が彼の癪に障ったらしい。彼の身体はもう揺れてなかった。テンゾウにしては感情が豊かである、と顔を背けようとすれば面が顔面に痛い程張り付いてきて両頬からの圧迫が原因であると共に自身の指ではない、テンゾウの指が皮膚に食い込んでいる事を知る。テンゾウは面と面が張り付いてしまうのではないかと云うくらいに近く、二つの覗き穴からは彼の眼と交わる。突然の事に身体は固まっていた。敵ではないからと油断をしていたのか、舌打ちを落としたくなった。

「なら今此処で死ねばいい」
「…っ、私がいつ死のうが貴方に関係ない」
「いいや。僕が助けた命だ、生かすも殺すも僕次第じゃあないか」

交わった視線を解こうにも顔に力を少しでも入れようとすれば顎が砕けてしまわないとは限らず、気付かれないよう印を結ぼうとすれば指先の力が痛みから激痛に変わる事で何も出来ない。そこ等辺は暗部の上を行く男だと眉を寄せた。テンゾウは眼を細める、微かな筋肉の動きが眼を通して分かってしまうのだろうか。珍しく緊張した私にテンゾウはふ、と風景と雰囲気に似つかわしくない笑いを向けた。

「なんて、嘘だよ。怖がらしちゃったみたいだね」

指が顔から離れていく感覚がし、彼も数歩後退した後思いの他体力を使ってしまったのか視界が揺れた。数歩下がった彼の身体はゆらりゆらりと揺れ、私が揺れているのか彼が揺れているのか分からなくなりそうだ。噎せ返りそうになる苦しさをどうにか押し留めて云い返す。

「私が恐怖を抱く時は愛している人に裏切られた時だけよ」
「結構な事だ」
私がそんな存在を作らない事を知りえている彼にしてみたら何て戯言をと嘲笑されるのかと思いきやテンゾウは笑わなかった。そういう時こそ笑うべきではないのだろうかと思ったがそれはそれでまた癪に障る為心の中にだけ留めておいた。嗚呼、早く家へ帰って全てを流したい気分だ。

2011/02/21|さ|ささやかなふりで云った