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身体が一瞬浮上した、かと思えば直ぐに床に腰を打ち付ける事になった。痛い、と口から発する事は叶わない。言葉にすれば少しでも軽くなるという行為でさえ赦されずに●は廊下で痛みを表情に浮かべるのが精一杯だった。それを何とも思わずと云った男が見下ろしている。青白い肌と唇は生きている人間のようには見えず、●は些か人形か何かではないかと思ったことさえあるくらいだ。しかし、見下ろしている男は動くし食べ物も口にする、表情も微かではあるが変化させることも出来る筈で感情も少なからず存在はするのだろうが●からしてみれば怒りしか見た事がない。何故そこまで感情を己の内に抑えておく事が出来ているのか、まだ子供である学び舎の制服を着用している少女が理解するには些か早かった。見下ろす男は薄く青白い唇から「グリフィンドール十点減点」と告げると余りに余った布が男が踵を返すと共に大きく廊下を占領した。
その男、つまり学び舎に居る大人を大概は教師と呼ぶのだが黒い男は何故か教師と呼ぶには負の感情を吐露し過ぎているし、教えを請うような雰囲気を纏っていない処から●は一度たりとも教師であると思った事がなかった。眉間に寄せられた皺が濃く刻み込まれているのが余計に生徒達を寄せ付けない要因であるのは直ぐに分かる事だったが、●はそれを恐怖だとは思った事がなかった。それが男には酷く癪に障るらしく、こうやってぶつかってしまって尻餅をついてしまった少女に対して冷たい視線を向ける。それが動じていないと分かると男はシレンシオと無言呪文を唱え、●の言葉をいとも簡単に奪ってしまう。何故そうするのか、呪文をかけられる度に眉間に寄せてしまうものだから近頃は男に何か言葉を発するのは自身から自粛をしていたというのに、男はご丁寧に毎回きっちりと呪文を唱えて去っていくのだった。何か悪い事をした覚えもないというのに毎度喉を震わせても声が出なくなるのは辛い。
「またスネイプから喰らったの!?」
「……(うん)」
赤毛を今にも振り乱してその男、スネイプに呪いをかけに行きそうな勢いである。
赤毛の少女、ジニーはスネイプを毛嫌いしている上に顔を見るだけで今にも吐いてしまいそうだといった表情をするからか●と同じく恐怖心は抱いていなかった。それだから呪いをかけに行くといった行動を厭わない為、半ば本気であると取れる形相に●は出来る限りの事をして彼女を止めた。それよりもスネイプにかけられた呪文を解いて欲しいのが本音であり、怒りで気付かないジニーに●は金魚さながら口をぱくつかせた。
「ああっ…ごめんなさい、フィニート・インカンターテム(呪文よ終われ)」
「…ありがとう、ジニー」
「いいえ。全く、●もなんで毎回あんなのに遭遇するの」
そう云いながらジニーは●の予想通り赤毛を振り乱し始めた。遭遇率については●も前々から不思議に思っていた事で、どんなに道を変えても行く先々で出くわしてしまうという要らない運命の糸を身体に括りつけられている気分である。出来れば今後一生人生に関わりを持ちたくはない。それはスネイプの方も同じ考えであると思うのは言葉を発しようともしないのに呪いをかけて行く事と授業での冷たさ以上の鋭さを含んだ視線を投げてくるからだ。大体教師たる者が生徒に呪いを残していくなどと赦されるのだろうか、と云うのが何度もジニーとの間で議論になったのだが●は寮監に告げる事を酷く拒んだ。というのは別にスネイプの地位が危うくなるとかそういう心配をしているからではなく、只単に彼女がそういうのを嫌っているだけである。それでもジニーはそれが気に食わないらしく何度か●をスネイプの事が好きなんじゃあないのとなじった。
「そんな訳ないじゃない!」
「じゃあ何でそんなに酷い事をされても黙っているの」
「それは私が」
「厭だとかそういうの無しにしてよ。普通は云うわ!」
「じゃあ私は普通じゃあないのね」
「そうよ」
怒りに顔を赤くしたジニーは髪の毛と区別つかない程だった。それを目の当たりにして思わず笑ってしまった●にジニーはさっき以上に怒りに燃え上がり、知らないと顔を背け足音高らかに自室へ引っ込んでしまった。自室で同じように痛めているであろう友人にじくじくと罪悪感を感じながらも何故自分はスネイプを告発したりしないのかと●は頭を痛めた。確かに告発する行為は自身の心情に逆らうものであるけれどもこう何度も呪いをかけられてはたまらない。呪いをかけられる心当たりも全くないのだから、そう、ならば行き着く処はひとつ、である。●は立ち上がりグリフィンドール寮から出て行く太ったレディの肖像画の裏を押した。
「シレンシオ」
「……!」
●の向かった先、告発先は呪いをかける張本人スネイプのもとだった。しかし、地下室へ足を運ぶまでもなく数段階段を下りた少女の目の前に突如現れた黒衣の男に悲鳴を上げかける。しかし、顔を見た途端杖が宙を舞う事になろうとは●自身全く想定外。その速さに驚き、眼を見開いた、そしてその間に黒衣は跡形もなく消えていた。全て数秒の出来事だ。
(まただわ……)
折角ジニーによって術を解いてもらったのに、持ったのは数分と経たない。言葉を失ったままでは陰湿なスリザリン寮長に反論する事も出来やしない。しかしグリフィンドール寮から一歩出た後ではまた戻る気も起きず、魔法の効力が切れるのを待とうかと悩んだ。けれどもかけた相手はあの薬学教師だ。そこら辺の青い魔法使いが行使したのならいざ知らず、一教師のかけた呪いは容易に溶けるとは考えられなかった。頭の上で炎と大差ない赤毛が宙に舞うのを想像しながらため息を落とさずにはいられなかった。
「何だ、貴様は。グリフィンドール生が我が輩に何の御用ですかな?」
顔を見るなり肩を怒りだたせる教師を見上げる。●の選択肢はそう多くはなく、結局のところ陰険な教師の足跡を辿って行く事にした。難解を極めるかと思った逃亡劇は呆気なく終止符をうち、角を曲がる●の額に薬品の匂いがたっぷり染み付いたローブがぶつかる。瞬時に頭の中では眉間の間に作られた線を消す方法が走馬灯のように過ぎて行くけれどもグリフィンドール生というだけでそれら全ては排除された。
「フッ………無様だな」
当事者が何を、と思わず唇が震えるが言葉は相変わらず奪われたまま喉が鳴っただけだ。スネイプは厭らしく唇を捲れ上がらせて●を見下ろす。身長差が十センチ超えると流石の怖いもの知らずの少女でさえ恐怖心を覚えるというもの。けれどもそれを甘んじて受け入れる性格ではない●は男に負けず劣らずの睨みを眼に宿して見上げた。
「………その眼で我が輩を見るな」
水に溶けていくような透明さを放った男の言葉を咀嚼しかけて失敗した。青白い顔に似合った手のひらが対照的なローブから出て来たと思えばその指先は●のネクタイを締め上げる。容易に浮かぶ身体と驚愕の悲鳴さえ声が出ないこの状況下ではなす術がなかった。そういえば、と思い出す。足跡は隠しとも呼ばれるほどの人気の無い廊下へ向かっていたということ。男は●が後を追ってくるという性格心理まで汲み取っての行動だったのかと思い知らされるが後の祭りだ。気がついたところでこの窮地から抜け出せるとは思えず、襟に顎がつっかえ逃げ出そうとする。スネイプはその姿を捲れ上がらせた唇の口角を上げる事で清算しているようだった。
「………ッ………!」
「苦しいか?我が輩の苦しさに比べればこれ程楽な事はなかろう」
床との接地面がつま先ほどしかないと薄らいで行く意識の中で●は思った。早く、誰か来て欲しかった。こんな事ならばジニーに呪いを解いてもらうべきだったと後悔を思い浮かべるがそれも手遅れな話だ。訳も分からないままこの陰湿な男に殺されてしまうのは厭だった。固く閉じた眼を薄ら開けば、恍惚とした顔の作りが見られるかと思った●の意思に反していた。締め上げる指先の強さとは違い苦痛に満ち、力強さがなければ崩れ落ちてしまうのはスネイプの方だと錯覚してしまう。
(泣かないで、)
何故そう思ったのかは●にも分からない。ただ意識が勝手にスネイプを労った。読心術に長けた男は苦難の渦中にあっても読み解き、憎々し気に掴み上げていたネクタイへの力を緩める。床に崩れ落ちた小さな身体は悲鳴のままならないまま水中に戻された魚のように口を大きく開けた。
「…………」
コツ、と痩躯の足先が鳴らす靴音の軽々さに●は身体を震わせる。次に襲いかかる恐怖の身構えもまだ出来ずに咳き込むが男がそれを労る事はない。視界の端からまた伸びてくる青白さに耐えかねず身をよじるが無駄なあがきだった。二の腕の骨が軋む。自身の体重で痛む腕を男は知らん顔をしたまま持ち上がる小さな身体を寄せた。
「………ッ……」
風を飲む。油脂の強さを物語る髪質とは思えないほど男の唇は乾いていた。●の頬に当たる海藻のようにうねった自分のものとは違うもの。苦しさから一転し唇に当たる乾きを訴えた熱い皮膚に益々言葉を取り戻す事は困難になる。突き放そうにも力の残量は限りなく無に近かった。それを知ってかスネイプの唇に寄せる力は大きくなり、二の腕に感じる軋みの行方がわからなくなった。胸の前に組んだ腕が、大柄であるが痩せた胸を突き放したくて抵抗を試みる。しかし、乾きを訴えた薄い唇の間から顔を出した潤いは●の否定を奪って行くようだった。落ちていく、本能が鳴く。それは悲観から来るものではなく、●自身にも説明出来ない感情だった。組んだ腕は意識に反して男の首へと伸び襟首で交差する。驚きからくる身体の跳ねを享受した男は少女の腕を解放し憎らし気だった両腕は細い腰へと伸びていった。
2011/03/31|す|すくないキスをすりきれるまで