カーテンコールの隙間
※さよならの演出家.彼女
夢見た少女はもういない。運命という言葉は、あの人混みに流して、全てを白から始めようと思った。けれど、あなたと三度目の偶然によって、引き合わされたことから、夢見がちだったわたしが、しぶとく顔を出した。ダイアゴン横丁の、こじんまりとした店を切り盛りしていた私に、不死鳥の騎士団を結成するという話を、手土産に持ってきたのが、あなただった。あれから何度か、ここですれ違わないかと、緊張しながら行き来したものだけれど、気を張っている間には一度として、会うことも、残像を見かけることもなかった。平和そのもので、争いごとから、一歩遠ざかったところにいた私に、何故、という疑問以上に、あなたを差し向かわせた校長先生に、驚いた。
あれから十年は経っていて、歳月というものは過ぎてしまえば、なんてことはないけれど、言葉として聞けば、とてつもない長さのように感じる。その間にも、あなたに会った思い出が、私を色付して、他の誰かという道を閉ざした。あなたがあの時、あの女性を一途に想いを寄せていたように、私も、一時、寄り道をしてみたけれども、あなたへと向かう想いは、何も変わっていなかった。
「……いらっ……し…」
扉につけた鈴が、チリンチリン、と軽快な音を鳴らして、来店を知らせてくれる。それに沿って、口から零れ落ちる、日常から引き上げるのは、いつもあなただった。花屋には笑ってしまうほどに、似合わない黒づくめの大柄な影は、十年前から飛び出してきたように、そのままで、どちらかと云うとそちらに、軍配が上がる。あなたは、色とりどりの花たちへ、一瞥をくれると、癖のような、眉間を、ヒクリと寄せる。
あの頃、見ていた七年間よりも、随分時間を離してしまった間に、あなたの仕草は細かく変化していて、足元まで綺麗に伸びたローブから、すらりとした足が前面に来る。狭い店内で、あなたの靴音は数回鳴らせば、カウンターまで届いてしまうのに、私はそれまでの間がとても長くて、過ぎてしまえばあっという間と思えた、歳月以上に長い時間だと思った。覚えていないと、思われるあなたが、近く様子は、今までのどんな嬉しい出来事を、蹴散らしても主張するものになる。言葉を詰まらせた、私に、あなたは相も変わらぬ闇色を含ませて、一生続くような感覚を支配した音を、止めた。
「…Ms.…、?」
あなたの言葉は、学生時代と何ら変わりなくて、薄暗い瞳から見下ろした、鋭さは人混みに紛れた時とは、少しだけ、変化をもたらしていて、初めて呼ばれた名前に、胸を占めた。
「そう、です……私に、何か」
「…ああ」
切れ目の分からない黒衣の間から、出された腕は手首をきっちりと覆い、かろうじて見える手は、まだ青白く、不健康そのものだった。腕の動きに注視していたためか、あなたの表情の起伏に気付くこともなくて、緻密さを形にした指先が合わさると、長方形の紙切れが表れた。洗練された美しさを、形作るあなたの手は、まさに万能だと思う。続きがあるのかと、言葉を待つと、あなたからは、それ以上何もなくて、私も受け取ればいいのか、どうしたらいいのか分からずに、ふたりの間に挟まれた、紙切れを見つめるという、奇妙な三角関係になった。
沈黙は嫌いではなくて、あの頃のあなたもよく、沈黙と友として受け入れていたから、一層好むようになった。本を手に、人気のほとんどない木の下で、あなたはよく腰を下ろしていた。日向と風におどけさせられながら、なびく黒髪を厭わずに、視線を落とす姿が好きで、こっそりと後をつけたりして、遠くから同じような空間を共有した気持ちでいたこと。今の状況は、それとは違って、あなたはとても至近距離で立ち往生しているし、私もあの頃のような、戸惑いを少しは、隠せるようになったと思う。
「……アルバス・ダンブルドア校長から、貴女に」
見かねた、あなたはぽつりと、けれど、しっかりとした発音で、言葉を放つ。ベルベット・ヴォイスと呼ばれる低音の、暖かみのある声色は、生来の性質を表しているようで、昔のあなたを垣間見たような気がする。
「………校長先生、から…?」
「左様」
あなたを使って、態々私の元へ、やってくるということは、昔話に花を咲かせるわけでも、ただの世間話というわけではなさそうだ。在学中から特に、目立つようなことをしていなかったから、ダンブルドア校長先生が私に向けて、何かを提示するのは予想だにしなかった。何故、手紙をあなたが持ちにやってきたのか、問いかけて見たくて、手紙とあなたとの視線を揺らめかせると、厳格な身体が、やや居心地悪そうに身をよじらせた。
「何か、はそれを読めば分かるであろう。期日に、また迎えに来よう」
余裕を持った言葉に、焦点をあなたに合わせると、あの時のように消えて無くなる、ということはなくて、四度目の必然と、誓約を差し出した唇から、瞳へ移す。フッと、暗い瞳を弓なりにしならせると、幾つかの細かいシワが寄せられる。過ぎ去ってしまった時間の大きさを、表すかのようなそれらに、泣きたい心持ちだった。幾分か、身の変調を試みたけれども、どれもあなたは気がついていたのだろう、と知る。まっすぐに追いかけた、あなたの姿や、人混みに紛れていったあなたも、そして今も、感受していた。図書館で感じた、あの優しさは歳月を経てもなお、健在で、あの時云った、奇抜な返答を笑うあなたそのものだった。