憂鬱を背負い込む悦

セブルス・スネイプという男はつくづく、情けないと思う。なんで、そんなに一人を一途に想えるのか、分からない。相手は猿と犬のような仲である、獅子寮に属する女の子。スリザリンに執着をしているような男が、好き好んで獅子寮の子に恋情を抱くなんて、まさか、と思った。ねえ、それって、なにかの冗句、と半笑いの唇のままセブルスにつめると、そんな私の態度が不足だったらしく眉を寄せた。

そう思うのなら、相談なんて持ちかけないでよ、と思う。
もっとも、蛇寮内でも孤立していたセブルスの相手は私か、先輩であるルシウス・マルフォイくらいで、他の人間と会話らしいことをしているのを見た事がない。珍しいこともあるもんだ、と他人と立ち話をしているセブルスを見かければ、因縁をつけられているところだったりする。ルシウス先輩に、色気のある話を持ちかければ、もれなく下世話がくっついてくるのは必至だろうから、選択肢なんてもとから無かったんだ、そういえば。

「まさか、セブルスの口から愛や、恋なんて言葉を聞く日がくるとは…」
「………お前は僕をなんだと思っているんだ」

堅物で、中毒者のように勉学に励む、まさに学生の鏡みたいな男だと思っていますとも。尊敬の念を持って云ったのにセブルスときたら、シワを中心に全て寄せて、いかにも、厭そうという顔をした。恋人は、教科書と云っても過言ではない男が、生きている人間に対して、恋情を抱くなんて、本当、驚嘆するばかりで、それ以外の言葉は、生憎思い浮かばない。この場合、いつもの彼ならば、私の語彙の貧困さを、突かれてしまうところだけれど、セブルスはそんな些細な部分を、しつこつ責める余裕はないらしく、想い人がいるであろう方向へと視線を流した。

「確か、名前は…リリー・エヴァンズ、だったかしら」

私がその名前を知っていたことが、彼にとっては、意外だったらしく、固有名詞が飛び出した口を、青白い手が覆った。至近距離で見ても、セブルスの不健康そのものの肌色は、急激に血色をよくして、まじまじと見てしまう。あ、耳まで真っ赤になっている、と呟けば、靴上を鈍い痛みが走った。女性に向かって、その対応はないでしょうよ、と憤慨すると、自業自得だ、と返ってきた。

「セブルスが目を奪われるのも当然ね、かなりの美人だわ」
「………そんな俗っぽい理由じゃない」

二度目の非難をはたき落して、リリー・エヴァンズをさりげなく観察する。遠目からでもわかる、内側から滲み出る美しさ、たっぷりの赤毛から覗く表情は、愛情を心並々に注がれてきた証拠で、あれという間に変化する喜怒哀楽は、どれを切り取ったとしても貶めようがなかった。スタイル抜群、品行方正、才色兼備、人が欲しがるであろうものを、取りこぼすことなく持った類稀なる人だと思う。セブルスにはない要素を、複数持っていて、分け隔てなく接することができる彼女は、まさに憧憬の的だ。

けれど、当の本人は不純だと、私の並べ立てる恋の入り口を破壊する。
どれが正解なのか、意地の悪い彼が優しさを、私なんかにかけてくれる筈はない。誰も寄せ付けない、愛への倒錯が酷いだろう、と解釈をしていた私の自尊心を、粉骨砕身してまで壊してくれたのだから、当ててやろうという負けず嫌いが、背中を押した。

「勉強ができるところ」
「違う」
「赤毛なところ」
「…違う」
「指が長いところ」
「なんでだ」
「だって、セブルスの相手なら、魔法薬デートとかしそうじゃない?手先が器用じゃきゃ、」
「なんだそれは……」

相手に求める条件としては、外せないと思う。不器用な彼女より、器用な指先を持つ彼女の方がいいに決まっているもの。セブルスは、やや落ち着きの取り戻した色味を、再発させて、否定する。どうやらデートという言葉に、反応してしまったらしく、耳と頬に直に当たる赤みが意外にもかわいくて、意外な純情性が好きだったりする。ルシウス・マルフォイなんかに、云えば、厭らしさ満載の、ベッド云々と云いそうで、厭な場面を想像してしまい、吐きそうになった。

「だいたい、そんなことを聞いてどうするんだ」

こちとら、君の恋愛事情の所為で、空想したくもないことを、脳が気を利かせてくれるものだから、吐きそうになっているというのに、セブルスは赤みのある頬のまま、ふい、と顔を逸らし、云う。相談を持ちかけてきた本人が、それを云ったら、この話は発展することはなく、平行線で、終わってしまうでしょうが。勉強はできても、ろくに人間関係を形成してこなかったつけが、ここに来て障害となるとは、正直、全てが予想外だった。

「きっかけが掴めなきゃ、何も始まらないのよ。セブルス。物言わぬ、本とは勝手が違うの」
「だから、、お前に相談を持ちかけている。それに……」

友人と立ち話をしていた、リリー・エヴァンズはこちらの、一々なんて気にも留めないで、綺麗な笑いを落とし、去っていく姿を追っていて、セブルスの言葉を聞き逃しそうになる。同性である私でさえも、涙を飲みながら、綺麗と云わざるおえない彼女を、どうにかしようなんて、そもそも無謀ではあるんじゃないか。そう思いながら、非協力的なセブルスを見ると、彼もまた、彼女を追いかけることに夢中になっていた。これは、ただ事ではなくて、冗談だと笑い飛ばした、当初の自分を振り返る。

「それに、何よ」

去りゆく、赤毛の美しさに、眼を奪われてしまったセブルスは、私の云う言葉なんて聞いちゃいない。外見に対して、彼は敏感に反応するけれど、恋の入り口は大体がそこからだし、何処から入ったか分からないけれども、今眼を奪われているのだって、嘘ではない筈。俗物のように、否定するけれども、赤毛や、仕草に見とれてしまっているセブルスに、今更、それを論するには値しない人間に成り下がっている。本人は気がついているだろうか。もう一度、聞こえていない色惚けた頭に、言葉を響かせると「聞こえている」と叱咤が飛んできて、私としてはかなり不服ですとも。ええ。

「この感情を分かち合いたいだけで、彼女と、どうにかなろうとは…思っていない」
「随分、殊勝なことで」

なんとか回った唇で云い返すけれど、内心は、狡猾さを微塵にも感じさせない、彼らしからぬ言葉に、度肝を抜かれた私は、赤毛の美以上に、心奪われる。内助の功に徹しようとする思考は、蛇寮生らしからぬ言動である。だからと云って、彼が忌む獅子寮らしくもなく、ならばどの寮らしいのか、と驚きで思考がうまく働かない私の、脱線事故を、口を歪めるセブルスの姿で戻される。蛇寮らしく、皮肉たっぷりに云ったおかげで、一度は戻りかけた彼の機嫌は絶不調になったようだ。

分かち合う相手が、セブルスでなくて、他の、ありえないだろうがルシウス先輩ならば「あっそ、勝手にしてください」と一蹴しただろう。けれど、申し出をしたのは、他の誰でもないセブルス・スネイプなのだから、私の心中は複雑だ。彼のことを誰よりも、知っていて、何を求めているのかも、態々尋ねなくても、分かるのに。セブルスが想うのは、まさかの獅子寮の美女だし、私で補ってもいいのよ、なんて蛇寮らしく、提案しようと策を講じたところで、彼が求めることも、享受するつもりもないということも、分かっていた。たった、与えるだけの愛情に意味を放棄した、愚かしさを、私は痛いほど知っていた。