さよならの演出家

※飲込んだ言葉で窒息死.彼女

「……あ、」
次のあなたと再開したのは、ホグワーツを卒業してから随分経った後だった。
図書館での出来事以来、劇的な恋愛事情が足されることも、友人としての組み立てもなく、お互いが別々の道へ進んでいった。卒業なのだから、最後に、とも思ったのに、私は情けないことに何も云えず、ただあなたの背中と、あなたが見る、赤毛の彼女と、眼鏡の青年の寄り添いを見ていることしか出来なかった。紆余曲折があったにせよ、あなたにとって彼女は、無二のひとで、七年間その事実が覆ることはなくて、ただあなたはまっすぐに、誰かに寄り道なんてしないで、ひたむきに追いかけていた。それが、私にとってはあなただった。

あなたは覚えているだろうか。あれから随分経ってしまったし、私も歳をとって、垢抜けた印象を、周りに与えるくらいには、変化したと思う。雑踏ではかき消されてしまいそうな、静かな驚きを、あなたは見つけて、私を見た。私は直ぐにあなただって分かった。是非を問われずとも、七年というあなたを見る歳月の長さや、非科学的で云えば愛の力と云うもの。視線が交わると、年甲斐もなく、心臓が軋むような感覚がして、指先がヒリヒリとした。あれから、何度か恋愛らしいことをしてみようと、努力は重ねたけれど、私にはあなたが強烈で、無二だったから、どれも駄目だった。

「…………」

闇を孕んだ瞳は一層、その色を濃くして、私を見下ろしていた。痩躯な身体はそのままではあるけれど、成人を越した男性の、たくましさが足されて、学生時代の少し頼りない細さではなくなっている。青白いほどの頬を隠すような、髪色は健在で、手入れを怠っているような印象を抱く。肩にかかるか、ギリギリをいく長さは、同色であるローブと、同化して気にならない。眉間に深く刻まれた、シワは以前よりも強く、残されていて、流れた月日と、取り巻いている環境の劣悪さを物語っていた。

「……え……、と」

あの頃の、感情を、色強く出していたように思えた、あなたはすっかり心を隠してしまっていて、向けられた瞳はただただ恐ろしいものでしか無くなっていた。年月というものは、こうも人を変えてしまえるものなのだろうか、と悲しくなるばかりで、私は何も紡げなかった。あの時のように、唇を綻ばせて、笑うあなたを思い出して、余計に。

あなたが何故、こうなってたのか知っていた。私があなたを唯一の人であるように、あなたにとってのかけがえのない人は、居なくなってしまったのだから。最も残酷な、失い方をした、あの赤毛の女性をあなたは、あの頃と変わらず想っていたのだろう。無機質な瞳が、何かを落とすこともなく、私を見つめ、不変と変化の間を漂う姿は、安定感を求めていた心を笑うようだった。

「我輩に何か」

どこまでも続く色は、硝子玉のようで、あなたにしては余分な間をたくさん持った言葉は、冷ややかだった。当時、呼ばれていたスニベリーという、汚らわしいあだ名からは到底近づきようのない、強靭さを、その一言に詰め込んだような物言い。私にとっては、当時のままであったあなたの全てが、反転した瞬間でもある。あの頃のように、戸惑いをうまく隠せない私は、見かけ以外何も変化させることの出来なかった、脆さと虚栄の塊だった。

「…い……いえ……」

見るに耐えられなくなった、私は、無味である口内を何度も舌先で撫でた。
たった一度のことを、あなたが覚えていなくても仕方のないと分かっていても、都合の良い解釈をいつもしてしまう私は、何処かで気づいてくれるのかも、なんて期待をしていた。私があなたを一目で気づいたように、変化をものとはしないで、ひとときのことを覚えていてくれたのなら、と劇的な再開を夢見ていた。不確かで、夢見がちな少女の頃の私を、呆気無く取り壊していく。

「…すみません」

ここがダイアゴン横丁で、人混みが途切れることのない時間帯に、成人した人間がふたり、道を遮れば、人々は煩わしくあるのは当然のことだった。背中を強打した私を、見知らぬ魔法使いが、目深にかぶった帽子をそのままに過ぎ去っていった。それを皮切りに、遠慮のなくなった波は襲いかかってくる。あなたは視線を外すことはなくて、私は問い返したくなる気持ちを唇にためて、離されていく身体とは違い、心は傍に置きっぱなしだった。

その間もあなたから私が、逃れることはなくて、光の見えないままであるのに、つられて落ちていきそうになる。ぶつかり合う、他人の身体が痛くて、格好付けで履いていたヒールに足を取られ、ローブに引っかかった。あ、と声を漏らす間もなく、傾く身体の、最大の痛みを予測して、魔法使いであるのに、木偶の坊である私は機転もきかない。咄嗟のことで、誰かと衝突して巻き添えになる不安は、丁寧に避けられた。落下する身体を、止める手立てはない。地面が近づいて、一時、あなたから視線は外れ、様々な衝撃と慌てた私は頭を上げる。シックに決めていれば、黒もそれなりではあるけれども、全てが統一された姿を持つ人間は、そうそう居ない。痛む背中よりも早く、反応した私は、通行人の迷惑を省みることもなく、闇色を探した。私に気づいていなくても、もう一度離れてしまうのは、酷く惜しかったし、何度もした後悔をしたくはなかった。昼頃を知らせる鐘がどこからか響いて、人混みの量は増えていくばかり。あなたを探す、私の眼にはもう一度として、懐かしさを映してはくれなかった。