飲込んだ言葉で窒息死

いつかあなたに云おうと、貯めておいた言葉は、割ることもなくて、そのままに埃かぶってしまった。後ろ指を指されても、臆することなく、闇色をまっすぐに染めたあなたの、芯の強さは、私が見習いたいと思ったことのひとつだった。その間に飛び出す勇気もなくて、ただ壁のように、黙認を決め込んでいた私には、云う資格なんてちっともないことは分かっている。あなたを見る私が、あなたが見る赤毛が、赤毛を見る悪戯少年が、赤毛が見る勇敢さが、最後尾に立った私にだけしかわからない秘密を、一手に受け取ってしまって、戸惑ったこと。

まさか、あなたがあの子を好きだなんて、これっぽっちも思いもよらなかった。誰からにも愛情を向けられる、眩しさを持つあの子、万人に愛されるような少女を思うこと自体、想像していなかったから、驚いた。あなたは気がつけば、あの子を見ていたし、私も気がつけば、あなたを見ていた。だから、分かったの。あなたの情熱は全てあの子に、向いていること。私はいつも壁に張り付いて、誰かに指を向けられることも、貶められることもなくて、本当に影の薄さで云ったら、グリフィンドール寮の人気者組の一人として、一応数えられているピーター・ペティグリューと良い勝負だ。七年間一度として、口をきいたこともないのに、恋心が成立するのかと、云われたら答えようはない。それはただの、恋に焦がれた人間がする、愚かなことでしかない。一蹴されることは容易に理解できた。それでも、私はあなたを追っていた。いつの間にか、ひょろりと高くなった身長や、高々と主張し出した鷲鼻は、本来の魅力を引き立たせるのには、充分すぎる要素で、私は益々惹かれた。

「あのスニベリーを追いかけて、楽しいの?変わっているわね」

七年も寮生活をしていると、影の薄さに拍車がかかっていようが、厭でも友達のひとりはできて、憎まれ口を叩かれても、屁でもないくらいの友人が、云う。眉を寄せて、嫌悪感を表す姿は追いかけている彼そっくりで、思惑を呆気なく汲み取られ、更に呆れられるのも、もう慣れた。色々なことが目まぐるしく過ぎていき、人は変化していく。私には友人が出来たし、あなたには先輩と呼ぶ、近寄り難さを一層強める繋がりが出来た。赤毛の子を追いかけた少年は、彼女と足並みを揃えて、笑い合い、朝食も共にする仲になっていた。

あなたよりもあの眼鏡の少年を選ぶなんて、見る目がない、と憤慨しても、同調してくれる仲間は、残念なことにいない。その頃にはあなたは、闇色から光を見出すことも諦めていて、手の届かない存在になっていた。何度か、あなたと会話が出来る機会があったのに、私が臆病なばっかりに、いつもみすみす逃していた。

「ちょっと、すまないがそこの本を取ってくれないか」

図書館へ赴くようになったのは、もともとはあなたが要因なのだけれど、何年か付いて回る内に、それは習慣になって、自発的にくるようになったのはいつからか、思い出せないくらい。追ってきたわけでもないのに、突然かけられた言葉に、驚いて、手持ちの本を落としてしまい、目を光らせているマダムピンスの怒声が耳に残る。

「あ、え……」

マダムピンスには怒られるわ、耳は痛いし、隣には望んでいた人が立っている。衝撃が一度に身に降りかかると、人間というものは咄嗟の行動が出来ずに、言葉も失って、ほとんど石像と変わらない。あなたは表情ひとつ崩さずに、落ちた本を拾い上げて、それを私に向ける。細長い指が絡んだ本は、前よりも輝いているように思えた。

「驚かせてしまい、すまなかった。僕の所為でマダムピンスにも怒られてしまって」
「い、え…ありがとう…ございます…」

ここは普通は、あなたの所為です、とでも答えておけば良かったのか。あなたは一瞬、きょとんと、この七年間壁になって、見てきた私の眼では確認できた試しのない、顔つきをした。

「いや、僕の方こそ、」

そして、フッと、闇色の瞳が柔らかに細められた。何が、と問いかけられるような、心の持ち主ではなかったから、飲み込んだ。本当はもっと云いたいことがあったのか、何が、以上のものたちが喉元に引っかかって、息苦しくなる。腕の中に戻ってきた、本と「すまないが」と詫びを入れられて、私の鈍臭い質が、遅れて察しを入れる。欲しい、と云った本の場所から一歩下がると、あなたは指先で本棚から目当ての本を、引っ掛けて出っ張らせた。

その些細な仕草を、目の前で見られているということへの、歓喜からか、私はすっかり逆上せた。
厚みがだいぶある本を、意外な細腕が持ち上げる。盗み見出来たかわからないけれど、上目気味になりながら、見ると、肩まである黒髪が頬にかかって、色白さが引き立てられた。盲目だとしても、私には間近で見たあなたはとても、格好良かった。口に出来ない言葉がどんどん増えていく度に、あなたへとつもる思いも足されて、荷重になっていくのも厭わずに、飲み込んだ。たった一言、云うだけでいいのに、私はいつも機を逃してしまう。何処で逃げられるか、分かっているのに、それを掴む努力を見せない私に、最近では、機会の方が呆れてしまっている。だからか、こうして私の目の前にはあなたがいる、なんて、好機を投げやりな感じで、放り投げてくるんだ。

「ありがとう。これが必要だったんだ」
「は、はい」

私の返答がとんちんかんだって分かったのか、あなたはまた笑って、優しさを垣間見せた。周りの評価がどんなもので、あなたを傷つけているのか、知っていたけれど、私は気にはならない。陰湿さや、狡猾さはちっともなくて、あなたを取り巻くものはどれも心地よかった。