蜉蝣みたいな恋人 : 私の涙で喉を潤せばいい : まるでガラス越し

2010/08/21|教授
暗い部屋に一箇所だけ光が灯りその回りを照らしている蝋燭を見ながらその光を頼りに羊皮紙に文字を書き込んでいる光をも圧倒させるような闇を身体に纏わり付かせている彼の様子をただじっとソファーに身体全体を沈み込ませながら見ていた。書き物の音だけが耳心地善く聞こえてくる。彼は一度眠りについてしまった恋人が起床した事などとっくに知りえているだろうに何も云わずに熱心な事だと思う。暖かいと思い眼を覚ましたら身体にはすっかり闇に溶けてしまっているローブがかかっていた。咄嗟に明かりの方を見れば彼の身体にはそれがなく申し訳なさが半分、嬉しさと恥ずかしさが彼女を占めた。寒いだろうにと眉を下げた途端彼から発せられる自然現象に嗚呼やっぱりと身体を起こせばぎい、とスプリングが鳴りそこでやっと彼は手を休め振り向いた。

「起きたのかね」
「あ、はい…寝てしまってすみません」
構わん、と言葉を紡いだ割には鼻がむずりとしているのか鼻頭には皺が寄り、更に彼を恐ろしく見せた。立ち上がりローブを引きずりながら光へ近寄ればスネイプは彼女を見上げる形になる。普通ならば身長さは歴然としているのだが椅子に腰掛けているからか少しだけ彼女の方が高くなった。

「一緒に暖まりましょう」

そう云って彼女は引きずっていたローブをスネイプにかけると共に自分も暖まる為に胸の中へ飛び込む。それに怒る事はせずスネイプは優しい手つきで彼女の髪の毛を梳いた、そのあまりの熱に彼女は眼をつむれば頭上からくつくつと笑いを押し殺した声が聞こえてきた。

蜉蝣みたいな恋人

2010/10/10|教授
泣いていた。とても美しいと思った、ただ純粋な想いからくる感情だと自身に云いきかせながらスネイプは教鞭を振るう。誰にも知られる事なくぽたりと落とす涙がちらちらと視界に入る度に胸がざわめくのを感じながらいつものように厭味を含めた物言いに彼女以外の生徒は皆、同じような顔でスネイプを見上げ必死になりながら羊皮紙に書き込んでいた。いつものスネイプならば泣いて授業をサボタージュしているような不届き者等即刻退室を求めるだろうに今日の彼はどこかおかしいのか自身にも解らない。唇は世話しなく動きながらも頭は別の事を考えていた、そういえば調合を今日行うと前日に発言していたではないか、現に教卓前にはその為に用意をした薬草が山になっていた。にも関わらず口からは実習を告げる言葉は発されないし、そんなスネイプに生徒たちは戸惑いながらも発言する勇気のある者はおらず説明だけで一時間を費やしてしまうこととなる。

「スネイプ教授、」

声をかけてきたのは他の生徒が皆目いなくなってからだ。涙で渇いた喉から発せられる声は掠れてスネイプの聴覚を刺激した。涙の痕が残る少女の頬に思わず手を伸ばしかけて己のしかけた事に気が付きそれを引っ込めた。

「何がしたいのだね、」
「…き、ょうじゅ…」
不自然に引っ込めた指を合わせながらごまかすように言葉を紡ぐ、彼女から発せられる言葉は全て自身への名前のみ、スネイプは頬へ向かっていた視線を少しばかり上げ少女を見遣る。少女の涙は断片的になっていた。「…私は貴方の一番になれませんか」落ちた雫をいつの間にか擦り合わせていた指先が掬っていた。驚きに満ちた表情で少女はスネイプを見上げ、スネイプはそんな少女に釘付けになっていた。

私の涙で喉を潤せばいい

2010/10/10|教授
想いの丈を口にした。そうすればこの六年と少しの片思いが報われるとは皆目思っていなかった、ただ悔いのないように人生を歩んで行きたくなったのだ。ゆるりと撫ぜるような動きで男は彼女が口にした想いの意図を汲み取ろうと視線を刹那逸らしてみたが悪戯とも取れぬ、気迫のある声色に眼を交わらせ、彼女が次の言葉を発するのを待った。否、此処は己が何か反応を見せなくてはいけないのではないかと思い直し、頑なに閉じた口を開く前に彼女が開いた。

「ずっと、好きでした」
嘘偽りのない純真な視線を真っ向から受けた男は言葉を無くす。元々厭味や皮肉以外では殆どといっていい程紡がないが、今に息も止まる勢いだった。少女の声が泣きそうなものに変わった時、男の推測は本物となり自然と指が行き、指先が張りのある肌を撫で今にも溢れそうになる目尻に溜まった涙を救えば困惑の色を見せる少女がいた。

いつの間にか少女の名を男は違和感なく紡ぐようになり少女も頬を平常よりも朱く染めながらたどたどしく男の名を口にする。その姿に男は胸を何度焦がした事だろうと薬品が並々に入っているガラス瓶を棚に置くと他のそれらが窮屈そうに前へ出る。手慣れた男、スネイプにしてみたらガラス瓶が落下しないように努める事は容易だ。少女はスネイプの行動を彼が添削等で使っている机の手前にあるひじ掛け椅子に腰掛けていた。スネイプの受け持つ教科が酷く繊細なものであるから、彼の仕草一つ取っても指先は驚く程感情が篭り下手をしたら魔法よりも凄いかもしれないと少女は思う。

「スネイプ先生?」
「なんだ」
「私の事、どう思っていますか」

薬品を片付ける手が止まり、少女へ視線がいく前に思い留まらせ視界には自身がしている作業とは全く関係ない本棚が眼に映った。背後で少女はスネイプに視線を寄越して、それがあの想いを綴った時のように切実でなかったならスネイプはこうはならなかっただろう。気付かぬ振りと気付かないのは自身の中では大いに違うものだが少女から見たスネイプはあまり変わらぬように見える、それは幾ら想いの相手であっても解らない事くらいある。スネイプは何故今こんな事を聞いてくるのか少女の心の内が分からなかった。

「前に申した筈だが、」
男の性質を知っていれば何等不思議はない答えにも少女は唇をきゅ、と結び見上げる。スネイプから見た少女は上眼使いをし、胸を時めかせるものであったが今のそれには気迫がありそんな事を思うような余裕はなかった。何を求めているのだ、とスネイプは初めて実ったものの壁に早くもぶちあたっていた。少女は今にも涙を落下させて、身体も崩しそうな勢いだ。ぴんと天井に張った糸一本のみで身体が浮いている状態と云えた。

「私の、事本当に…想っているんでしょうか?本当は、忘れられない…ひ、人がいるんでしょう…っ」
「どうしてそう思う」
「だって…、」
だって、寝言で愛おしそうにと呟きが次第に消え全く無音の部屋になった頃には愛おしい少女は男の目の前から姿を消していた。足が張り付いて動かす事もままならない、追いかけたい衝動と、強ち間違えではない花の名前を呟いていた自身の本音に戸惑いを隠せなかった。

まるでガラス越し

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