少しばかり痛みを我慢すれば善いだけの話だと上手く自身を騙し、湿った空気を身に纏う事を惜しまず地下室の扉を叩けば些か不満を持った(不満まみれだろうけれども一万歩程譲歩した)声色の低い声が扉の隙間からはい出て来た。いつもながら酷い機嫌だと思いつつも浮かべる表情は微笑みだ、それがどんなに苦痛な事だとしても絶やさないのが彼女の信条だからだ。地下室に住み着くトロールさながら(地下に住んでいるのかは知らないけれど)部屋から発せられる匂いの酷さ以上に全身黒を纏わせた男からなんとも云えない匂いが鼻を遠慮なしに刺激した。 「…ね、ぷ…きょうじゅ」 臭います、とまで云わずもがな気が付く察しの善い男、セブルススネイプ教授は盛大に眉を寄せ大きな縦皺を作り入室してから離れる事のなかった鍋から私の処まで来るのに彼の長い脚にかかれば数歩で済んだ。 「何だね、こんな忙しい時に」 湿り気と馴染み合いつつある白い煙はスネイプ教授の身体に意気投合しているように見える。忙しいのはいつもの事じゃあないですかと口元を緩めれば頭に固いものが目尻に涙が溜まるくらい強く叩かれる。叩かれるような発言をした覚えなんてないのですがと目線を教授に合わせれば教授自体が異臭のように感じるのは何故だろうと鼻を思わずローブで隠してしまい機嫌は一層険悪になった。 「我輩を侮辱しに態々地下室までご苦労な事ですな」 いつもの鼻を勢い善く鳴らす事をした後、ローブの中から羊皮紙を取り出しこれだろう、と嘲笑いを向けた。確かにその紙は私のものだけれどもそれはあくまで彼に渡したものだ、返されると予測して地下室まで下りてきたわけではない。只端に貴方に会いに来たのですがと言葉を向けようが教授には関係の無い事だと云わんばかりの表情で羊皮紙は差し出されたまま。知っている癖に、と差し戻されたそれを懐に戻っていかないのを見、渋々受け取った。
「…答えはどういう、」 いびつに曲がる唇が好きなのだけれど今云おうものなら教授は金輪際地下室への入室は許可しないだろう。生憎私は最高学年で魔法薬学はなく、(成績問題で受け入れて貰えなかったのだ)許可されなくなれば教授と会える機会はめっきり無くなってしまう。不満げに唇を尖らせれば眉間の間にガリオン金貨が挟めるんじゃあないかと思うくらいに深く皺を刻まれる。云わんとしていることは解っている、歳相応の態度をとれと云いたいのだ。
「あえて聞いただけです」 それも口にしてみただけです、とは流石に云えず口を閉ざした。想いを綴られた羊皮紙は贈り主である私に返され今は可哀相に握り潰されていた。教授はにこりともせず潰れていく紙を眺める、いっそのこと魔法で燃やせば早いだろうにと思っているかのようだと思った。
「教授」 言葉は悲しい程言葉のままだ、相手がそれを受け入れてくれない限りさ迷い続けるか泡沫のように消えるかだ。ガリオン金貨が挟めそうだった眉間の皺は痕は残ってはいるが寄せられておらずそれが教授なりの配慮であり、真意に受け止めているのだと思えば何故口にしてしまったのだろうと後悔した。
「…すみません、忘れて頂いて構いません」
2010/11/16|title by honey bunch |