男は床に蹲る少女を何の感情も抱かないと云った表情で見下ろしていた。少女は痛みを何とか外界へと出そうと身体を捩るもののそれは一向に和らぐ様子はない。それを助けるでもなくただ見つめているだけの男は不意に口元を歪ませた。憎しみとも取れるその歪みはしかと少女の視界に入り、別の意識によって歪ませていたものを更に酷くさせた。男へ何か紡ごうとすればすぐさま少女の身体に衝撃が走る、男の双眸には何も映されておらずただ闇だけを見ていた。慈しみをそれに抱いているからではなく、それ以外彼を助ける手立てが無かっただけの事。痩躯に合ったローブが翻り、痛々しいまでに傷つけられた少女の身体を撫でる。黒いそれがはたはたと揺れる、それだけの衝撃にも耐えられない少女の身体はひくりと何度か痙攣し、止まった。気絶したのだ。

男はその最後を見送った後も何とも思わぬようでただ、浅い息をした今にも消えそうな命の灯火を見ていた。数秒の沈黙の後、男はやっとのことローブから杖を出し言葉を必要とせず腕の動きだけで少女を宙に浮かした。気絶をしている少女には自身が不安定な場所へ寝転んでいることに知る由もなかった。男は終始無言で少女を地下室から外へと運び出し夜中の静かな廊下を歩く。マダムポンフリーさえ眠りについている真夜中、男は騒ぎ立てるでもなく医務室への扉を開き少女を少々乱暴にベッドへ落とした。軋むベッドの音を心から煩わしそうに眉間のシワを増やした男へ更に追い討ちをかけるかのように少女が小さく呻く。嗚呼、またかと男は奥歯を噛み砕きたいと思わせるほどに圧迫する。煩わしいと思った音以上のものが男から発せられていることに自身は気が付かぬ程、彼は我を忘れていた。

「——…っ」

傷だらけの身体がまた熱を持ち始める、少女が痛みから浮上してくる。それを逸早く察した男は声を上げようとした少女の唇を自身のもので塞いだ。意識が朦朧としている中で少女は気絶する前との違いを感じぐらぐらする記憶の中でどうにか現状を把握しようと力を入れる。それを狙ってか否か、男の生温かく柔らかいものが少女の口内を激しく荒らし始め、少女はそこで違和感の元を突き止める事が出来た。それは出来た、だけであってそれを阻止するには少女の力は衰えていたし、ましてや壮年の異性ならば尚更。少女に幾ら力があったとしてもそれを止める手立ては魔力以外なしえなかった。

「……!……!」

歯を一つ一つ確かめるようになぞられる、舌を絡めとられる、自身以外の唾液が流れ込み飲み込めと云わんばかりに口を開けられ、男の指示通りにしてしまう。いつもと違う他人の味に鳥肌が立ち精一杯の抵抗をしてみるも男はそれを意に介さず何度も繰り返す。次第に抵抗する力も無くなり、男のする事を従順に受けいれるしかなくなった少女は敏感になった聴覚から聞えてくる交わる音に羞恥心を感じる。それが男の狙いか、顔を朱くする少女を真顔で見ながらも益々酷くなった。少女は全て受け入れるしかこの状況を打破する事は出来ないのだ。

舌が離れた頃になると少女は痛みを忘れ、男は何も映さない瞳を向けるだけ。泣きそうになりながらも男の目の前で涙を見せるような強さはなく、意地でそれを我慢した。男は全て見えているのか、口元を厭味たらしく歪ませ親指を無遠慮に小さな口に突っ込んだ。散々なファーストキスを済ませてしまった少女はある程度の耐性が付いたにも関わらず男の行動にまたもや驚き、もがいた。

「黙っていろ。痛覚がそのままでいいならそれでも構わんが」

男から初めて発された言葉に少女は他に云う言葉は無いものかと心の片隅で怒りを燈らせたが、一時忘れた痛みがまた身体に戻り始めた為少女は素直に首を振った。男はそれ以上云う事もなく薬瓶を取り出し親指を通して少女の口内へと流し込んだ。そうしなくとも呑めるのにと反論しようかどうか迷ったがそれは賢明ではないと黙ってそれに従った。全て流しいれた後も男の指は少女の口内を這い苦しいと眉を寄せるまで続き、やっと離れたかと思えばまた男の舌が少女の口内を荒らしに降ってきた。

ユダのくちづけ 2011/07/31