失敗をしてしまった。お昼の調理場から食事をしている武王様を始めとする御偉い方の卓へと持っていく、その広間で盛大に転び両手に持っていた料理の品を全て床に溢し駄目にしてしまった。注目を浴び、驚く武王様に瞬時に謝り手短なもので床を拭いていると沢山の視線に混じって太公望さんも此方を見ていたのが視界の隅に映りわかって余計情けなくなった。液体を沢山吸ったエプロンを手に抱えながら廊下へ出ると鬼の形相をした指導係の女中にこってりと絞られ、今日一日は罰として庭の草むしりを命ぜられた。庭と云っても普通の敷地ではない、膨大な広さを持っているのだから十分な罰だろう。

久しぶりの失敗に溜息が零れる。拾われ、此処に雇われた当初は今日みたいなことばかりを仕出かしよく仕置きを頂いたものだ。しかしいつもそんな時姫昌様が表れて励ましてくれ、この人の為にだったらと、だから今まで逃げ出さずにやってこれたと云うのに私はまたやってしまった。しかも彼の見ている目の前での失態に顔から火が出る程恥ずかしい。暫くは会いたくなかったというのに彼はそんな気持ちを知る由もない。

「おお、頑張っておるのう」
「……太公望さん」

草をぶちりと抜き始めた矢先の事だった。彼は木の影からひょっこりと顔を出していつものように笑った。道士と云うものは皆知らないうちに近くに来ていて驚いてしまう、不意打ちですと睫毛を影にすると彼はかさりと音を立てて近づいてくるのが分かった。

「軍師様のお仕事は、どうなされたんですか」

悟られたくなくて、ぷちりぷちりと草を抜きながら彼に問うた。草は根深く土の中にまで息を得ていたそれを見て数日経てば直ぐに生えてきてしまうのだろうなと意識を彼から逸らした。彼は影になり私の横に立つ。太陽が直に当たるのは太公望さんの方で顔を上げてしまいそうになった。太公望さんは私の問いに息を少し吸った。

「、サボりかのう?」

軟らかい声色でにょほほほ、と笑ういつもとは違う雰囲気についに私は顔を上げてしまった。太公望さんはそんな私を見て、台無しだぞとふざけた。草をまた思い切り引っこ抜いた後、堪えていた涙が小さな塊となって草に落ちた。太公望さんは解っていたのか、動じることもなく笑みを浮かべて私と同じくらいの高さにまで腰を下ろす。ああ、汚くなってしまいますよと声を出す前に気にするなとでも云うように指を唇に当てられた。グローブ越しのそれはやさしさの塊のようだった。

掴んでいた草がぷちりと音を立て、私も止まらなくなった。太公望さんの優しさを憎みそうになった先週までの私がとても憎らしくなった。私が向かうこの人への感情はあんなにも安っぽいものではない、もっと魂からの感情だった筈なのだ。この人が私に向かわせてくれる想いがたとえ恋と呼称するものではなくても私が好きなのはこの人しかいなかった。この人はとても、暖かい。私が向けようとした憎しみを壊してしまうくらいに。