昨日の雨の激しさはどこへやら今日の天気は空の眩しさに目をつむりたくなる程の快晴だ。
両手で洗濯物が入った籠を持ちそんな天気に彼女もまた太陽の眩しさに目を細めた。昨日まで雨続きだった周では実に喜ばしいことでは特に嬉しそうにした。四日前の罰はどうにか泣き止んだ後に頑張って終わらせた。傍観しているだけだと思っていた太公望も彼女の倍以上の草を刈っていた。それでは罰にはならないのではと反論の声を上げたにも関わらず太公望は十分な罰はもう受けたであろうと云って聞く耳を持たなかった。

雨の間、毎日大量生産される洗濯物をどうにかしようとし、室内で干したりもしたがまず乾くことがなかった、それに加えじめじめとしたカビ独自の臭いまで移る始末で他の侍女達も流石に顔を顰めた。

「……〜、」

溜まりに溜まった洗濯物。このままでは着るものがなくならないかと心配になったが晴れてよかったとは洗濯物の多さをさして気にも留めず上機嫌で竿にシーツを引っ掛けた。こんなにも上機嫌なのには理由がある、今日は月に一度の自由に時間を使える日だったからだ。は太公望の好きな丼村屋のあんまんを買いに行こうと思いながら、一枚とまた新しい洗濯物を手にした。

洗濯場から干す場所までの往復を何度目かわからないくらいすると山のようにあった洗濯物はなくなり、時刻は昼過ぎだろうという頃に片付いた。昼過ぎだと思うのは太陽の傾き加減と、最後の洗濯物を手に廊下を行き来している時にすれ違った人達の食堂へと足を運ぶ姿でだ。

私もお昼にしようかな、と考えながら足を進めていると曲がり角から白い煙が床から発せられる程の方向転換を利かせられる人が飛び出してきた。驚き立ち止まると武吉がいつぞやの時のように太公望を探しているらしいことを云い、見なかったかと問われたが生憎今日は午前から洗濯物を干しにかかっていた彼女には出会うことは困難だった。武吉は残念そうに眉を垂らしまた声を張り上げながら白い煙と共に消えていった。

「見たら知らせてくださいねー!」

見える筈もない武吉に手を振る、彼があそこまで必死に捜しているのに見つからないとは軍師の名もあながち侮れないなあ、と笑った。あの買い出しの帰りだって有無を云わせない程の早さだったと思い出し始めたら後は芋づる式に記憶がぽんぽんと出て来て誰もいない廊下で一人顔を染めた。太公望さんも自分と同じ気持ちだったらいいのに、と蒸気を逃がすかのように外へ視線を向けた。

「……?」

かさりと遠くの植え込みがから不自然に鳴った葉音には首を傾げ、風も吹いていないのにと葉の様子を伺う。

「動物でも入り込んだのかな」

じっとそこへ向かって目をこらすとその植え込みからはひょこっと帽子の尖んがりが顔を出していた。あの帽子はとても見覚えがある。あんなところにと半ば呆れ、名前を呼ぼうと口を開いた。

「たい、」

けれどその先は声にならず、言葉にもならなかった。いいじゃないかいつものように声を掛けるだけ、判っていたけれど喉は詰まって上手く音が出ない。

植え込みにいるのは太公望一人だけだと思っていたがその予想は外れた。立ち上がった太公望の隣には見たことのある侍女が植え込みから姿を現した。忙しく城内を走り回っていて他の侍女達との交流が極端に少ないでも顔は見たことがあった。

線、腰共に細くて、顔立ちも人形のように完璧な造りをしており、性格が悪いかと聞かれればそうではないと断言できる程の思いやりを持っている。あまり興味がないも密かに憧れをもってしまうような人でもあった。そんな人と太公望が何故二人きりでいるのだろう、と疑問は深まるものだと思っていたのだけれどそれは案外早く解けた。

「誰か来たらどうするの」
「大丈夫だ、おぬしが気にすることでもあるまいよ」
「ふふ、」

あんなに離れた場所からでも二人の睦言ははっきりと耳に入った。そしてこちらに気付くことなく二人は唇を重ね、放しては見たことのないよつな優しい、仲間にも見せたことのない表情を太公望はその侍女に向けていた。無論、も例外ではなくそんな太公望の表情は初めて見たものだった。再び唇を交わそうと顔を近付けた二人を最後にそれ以上は見ることが出来ず廊下を走った、急ぐことなどなにもないのに。

心臓が中から出たがっているかのように勢い良く鳴る。現在進行形で走ってはいるけれども尋常でない心臓の音は何を意味していることは知っていた。記憶が白く弾く度、睦言を交わし優しげな表情になる太公望を思い出す度、早くなるからだ。


「……っ、」
気分が悪いと云って部屋に篭った途端押し込めた苦しさは枷が外れた所為で一気に躯を蝕んだ。扉の前でうずくまり胸を押さえた。今朝感じた爽快感はあっという間に地に落ちてしまった、何故、なんて胸に問いても判っているから聞かない。月に一度の自由な時間も色を持たなくなってしまった。彼も、少しは自分のことを好んでくれていると思っていたのだが、それはただの自惚れでしかなかった。そんなこと微塵もなかったというのに。胸の痛みがその感情の無意味さを更に引き立たせた。