彼女の行動が奇しくなるようなことをしたのだろうか、と太公望は首を捻った後天化に云われた事を思い出し元の位置に戻した。此処数日彼女に話しかけても相槌と曖昧な笑みと組合わさり自分に向かってくる。どうかしたのかと聞けば早いのだろうが何故か彼女の顔を見てしまうと喉まで出かかっていた筈の言葉は一気に胸まで下がっていってしまい上手く云えずにいた。

いつもの己ならばさりげなく問い掛けることなど指を動かすように簡単なことだと云うのに彼女の事となると声帯は上手く機能を果たしてくれない、不思議な事もあるものだと巻物を叩いた。

缶詰にされてから半日は経っているであろう、太陽の光は弱まり空は薄暗く雲の存在を示していた。元気のよかった頃は外に繰り出す為の計画を練っていたのだが事々く失敗し、その考えは巻物と云う頭の痛くなるような文字がつらつらと並べられているものを頭に入れようと躍起になっているうちに消滅した。

「解せぬ」
「師叔の脳内は確かに解せない」
「そういうことじゃあないわ、ダアホ」
さんと不仲と云って僕に当たらないでくれますか、師叔」

揚ゼンは薄ら笑いを浮かべながら云い放った。まるでこうなっている太公望を滑稽だと笑っているように見え、巻物を散らしたくなるが幼児のような癇癪の起こし方をした処でこの気持ちが収まる訳でもなく、揚ゼンの云い分は最もで散らす事もせず、太公望はみみずのような文字に視線を戻した。

揚ゼンも己の仕事に戻ったのか何も紡がなくなった。嗚呼そうだ、揚ゼンにこれ程までにも苛立たされるのは此処から見られる庭先で彼女と揚ゼンか言葉を交わしているのを見てしまったからだ、と自分らしかぬ苛立ちに帽子の上から頭を掻いた。

「のう、」
「何ですか、師叔」
「あやつは元気か」

巻物を覗いていた楊ゼンがはっと顔を上げ此方を見た。その後にああしまったと云う顔つきになりこの問いかけは否定のものだと分かってしまい窓の外に顔を向け返事のない声だけ聞けば独り言のようにそうか、と呟いた。元気ならばいい、だがそうでなかったら己が行き慰めの一つでも云えばいいのだろうがその選択肢は此処暫く使えそうにもないのだと太公望はどうしようもない苛立ちを募らせるばかりで楊ゼンもそれを分かってはいてもどうすることも出来ない。

突然態度が変わってしまった彼女に太公望が分からないのであれば楊ゼンもどうしたらいいのか微塵も分かる筈がなかった。

「あっ…、こんばんは」
「…うむ、久しいのう」

の手にしている箒が床に落ちそうになったのか、それをどうにか留めたかのように床すれすれの処で左右に弧を描いていた。太公望はいつも通りに陽気な笑顔で笑いかけるが侍女の表情は優れず取り繕うとして頑なに閉められた唇を上に引き上げようと頬の筋肉が不自然に震える。

傍から見ても分かるその無理やりな笑顔に太公望はあからさまにすることなく眉を顰めた。何故なのかと問いたくなる唇をどうにか噛み締めてやり過ごそうとし太公望は指先に力を入れた。その中には大好物である桃があったのにも関わらず彼はそれを忘却の彼方へ持っていってしまい暫くは戻ってくる事はないだろう。思い切り果物が潰れる厭な音がしたのだがお互いに気をとられており気付きはしない。滴る果汁、相変わらず弧を描く箒、異様な光景は確かに存在する。

「息災か」
「、はい…太公望さん、は」
「わしも見たまんまだ、のう」

そして、何度か遅れた返事が返って来る。それは良かったですと返す、言葉を口にする度頬が震える侍女に軍師は何も紡げなくなるのだ。