師兄と呟いたら黒がゆらゆらと風に舞いながらそれは近付いてきた。もしかして、あのひとかもと足を一歩踏み出すと黒は一歩下がりどうやら私とは平行線でいくつもりなのか。どうして逃げるのですかと云ったら風が運悪く私の言葉をさらっていく、もしかしたら風が私の代わりに黒へと伝えてくれたのかもと期待に満ちた目で黒を見たが数秒経っても相変わらず平行線でありつづける黒にそれはなかったのだと落胆した。師兄、と声を絞り出して問いかけるけれど黒は相変わらずゆらりゆらりと風に舞うだけで言葉は発しない。伏羲、ふっき、黒はびくりと動き、瞬間移動したかのようにたった数歩先へと現れた。

手を伸ばせば届く距離だったのに私は戸惑った。先程と明らかに違う行動だったからだ。私はどうすることも出来ずにまた伏羲と呼んだ。黒は今にも風に舞って消えてしまいそうな儚さを持って私の視界に入っているばかりで何をするでもない。太公望は師兄であるけれど、伏羲はまた違う存在なのだと云われている気がして涙が頬を伝う感覚だけが私を生かした。云ってしまえば彼はもう二度と私の前には現れないのだろうと何となく分かっていた、その上で私は心にずっと秘めていた言葉を呟いた。

「わたしは、貴方のことがずっと、」
「師兄、」

云うが早いか消えるが早いかその違いは大きく二つに分けた。黒はあっという間に草原から消え去ってもう私の目には映らない。視線を落とすと残ったのは自分の肉体とあのひとによくにた影。

黒衣を纏った空気かぜ
2009/12/07