2010/10/03|太公望
好意を寄せている事を知っている癖に、知らない振りを決め込んで何だ、と顔をしかめる師叔に腹が立って思いきり靴を踏み付けて原っぱの逃走劇、振り向けば師叔は遠く後ろで早々に追い掛ける事を諦めたようだ。執着のない、と思わせるその行動が愛に直結してしまう私はまだまだ子供なのだ。
「天化、浮気しよう」
「は…な、っ…げほっ、」
煙草で器官をやられた天化の背中を優しく撫でて大丈夫と聞けば涙目の眼が恨めしいと訴えた。悪びれる様子もない声色でごめんと伝えたら最後頭を叩かれる、とは云っても天化は何だかんだいってどこぞの怠け者とは違い軽い叩きだった。名は云わないがどこぞの怠け者は少しの事でも空気に残像が残るような叩き方をする。本当に大違い。「やっぱり天化がいい」そうだ、見向きもしてくれない師叔に比べたら天化は男の鏡だ。私の言葉に盛大に驚きながら、あーと声を漏らした天化に詰め寄れば煙草の芯をがじりと噛んで困ったように眉を下げた。
「私じゃあ駄目?」
「駄目って云うか、」
歯でかみ砕いてしまうんじゃあないかと思わずにはいられないくらいに煙草の芯をかじる天化の額には微かに汗が流れる。何でと詰め寄れば天化は馬に蹴られるのはごめんさとついには芯をかみ砕いてしまい葉っぱが詰まった部分が地面に花吹雪のように落ちた。その言葉の意味が善く理解出来ずにいた子供である私は舞っている煙草が顔にかかるのをお構いなしに天化に顔を近付けると天化は口内に入ったままの芯を飲み込む勢いで慌て出す。
「俺っちを殺したいんかい!」そんな暗殺計画を立てるようなお願い事ではないじゃないかと憤慨する。「何で、そうな…、ひゃっ」身体が急に別の力によって宙に浮き、天化から遠ざかる。訳が解らない、目線がだいぶ高くなった私に天化は素知らぬ顔で宙に浮いた身体を置いて一瞬の間に居なくなっていた。浮いた身体はお腹に回っている腕が持ち上げているのだと後ろを振り向けば師叔が眉間に皺を寄せダアホ、とげんこつを頭に降らせてきたそれは天化の優しさを打ち消すような強さだったものだから思わず宙ぶらりんになっていた足が彼に飛んだ。悲鳴が上がり、腕の力が弱まるのを期待したのだけれど彼の腕は緩む事無くお腹に回されたままだった。
「す、すーす…?」
「本当におぬしは…、いやわしも相当だが」
精一杯首を回して師叔の姿を捉えれば彼は小難しいそうな顔をしている、眉間の皺は作れる限り作っているようだし唇も反対に弧を描いていた。不機嫌ともとれるその表情に再度呼びかけた処で中々それがなくなる事はなく珍しかった。師叔は私の名前をゆっくりと風を口に含みながら云う言葉に顔が火を噴くかと思ったけれどもどうやら朱くなっただけで普通の顔みたいだ、師叔のだあほが聞えてきた、お腹に回されたままの腕は少しだけ強くなった。
たくさんの愛してる
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