貝殻は鉄の味

何が何でも捕まえて見せると意気込みを見せた後、楊ゼンと二手に分かれ、にっくき軍師、太公望捕獲大作戦は始まった。まず手始めに、いつも隠れ場所としていた桃の木へと足を運んでみるものの、寝息一つ、桃の実一つもかけてなかった。(莫迦師叔が食べ過ぎている所為で木は禿げかけている)次に、睨んだのは、逃走手段として使われる四不象の元だった。拒否する四不象をあの手この手で拉致し、何処かへ遠出しているのかと思ったのに、当の霊獣は、血眼になって探している私を差し置いてお昼寝時間に突入していた。此処も違うのかと、去り際ついでに、四不象の外套を捲ってみたがそこにも莫迦師叔は不在だった。

三番目に思いつくとしたら、食堂だろうかと廊下を通り抜け、お目当ての扉を盛大に開いてみたが、そこにも師叔は居なかった。余談ではあるがそこに居たのは、師叔にフォーリンラブの、少し厳つい身体の女性と、残り二人(説明は以下省略)で師叔の行方を尋ねてみると、料理中だからと思いきり叱られた。最近私に対して刺々しいような気がする。

「何処に行ったの!」

至る所へ出掛けてみるも、一向に姿はおろか、特徴のある帽子さえ見えないのだから、蒸発でもしてしまったのではと考えるのが妥当な気がした。その間も、揚ゼンと数回は鉢合わせたのに、見つからないというのだから私の考えはあながち間違いではない。街に繰り出したのだろうか、とも思ったけれど、生憎師叔の懐は私が管理していて、ポケットの中にはきちんと、二人分の重みがある。その為、街に出ていっても大好きな桃まんは食べられない。当然のように街は除外された。

「もし、師叔を見かけたら、捕獲しておいてください」

出来れば、簀巻きにして、と、すれ違う人々に呼びかけるけれども、四不象は睡眠に浸かっていたし、食堂の美少女三姉妹(自称)には無視されて、城内の兵士達は軍師を捕まえられる自信がもとより無いのか、返答は貰えなかった。

執務室に積まれた山のような仕事に、楊ゼンは頭痛薬を常備していて、師叔のような爺くさいことを云うようになったり、軍師がこれなのだから、当然のごとく武王も捜索願が出されて、いててんてこ舞いだ。だからと云って二人が一緒に手を取り合って、という姿は想像したくはない。「あ、」仲良く引っ付いている様子を想像したら、頭に衝撃を与え、そのお陰でひとつ、調べていない場所があることに気付く。居るとは思えず、真っ先に除外していた場所だ。軍師が執務をこなす部屋、蒸発した原因である場所に、戻るなんて、予想の範疇外だと誰だって思う筈。あの莫迦師叔は非凡人だということに気付くべきだった、足先を城内へ戻して、駆け抜ける姿に兵士達は「まだ見つかっていません!」と弁解を寄越した。

執務室の扉は何度か、三姉妹(省略)が奇襲をかけてくる度に破壊、修復、を繰り返したため、すっかり立て付けが悪くなってしまって、開けるのに一苦労した。窓際にある机の椅子は回転していて、背もたれが真っ正面を向いて顔を隠している。もしかして、という期待よりも、長らくこの事に費やした、過ぎた時間を嘆く気持ちの方が断然強かった。天井を突き破りかねない、長身の背もたれの裏面には、案の定、血眼になって探した軍師が寝転がっていた。涎を垂らして、気持ちの良さそうなこと、息を切らして酸素不足になった頭はズキズキと痛みを訴えているし、堪らない。温度差をありありと見せつけられて、寛ぎきっている身体を、足癖の悪さで有名になってしまった足が、蹴りを入れる。この状況になれば私でなくてもしていた。

「ふぎゃっ」

師叔は悲痛の言葉を残して、夢より深い場所へと落ちていったようで、見開かれた眼は白一色。ざまあみろ、と鼻息荒くしたのだけれど、あれほどあった筈の巻物がすっからかん、すっかり片されていることに遅れて気付き、驚きに怒りを持っていかれる。もしや、隠蔽工作でもしたのか、と潰した師叔を見遣れば、本来黄色い筈のグローブが黒を加え、柄付きのようになってしまっていて、落ち着いてみれば墨の匂いが微かに空気に混じっているのが分かった。状況を冷静に把握し、慌てて師叔から飛び退いた。