風影様、つまり我愛羅と任務関係以外で話さなくなってしまったのは二週間前からの出来事からだ。でもそれが当たり前だ、忙しい身である風影様に対して只の忍である自分。任務で呼び出しを貰う時も彼は何も感情を持たない無機質な人形のような瞳で私に任務を云い渡す。私が自分で終わらせたくてしたことなのに、此処まで壊れてしまったものはもう直せないということなのだろうか。

そんなある日非番の私に風影様からの伝達がやってきた。淡い期待を膨らませてしまった私は直ぐにそれを針で割った。任務だろうと踏んで忍服を着込んで風影室を叩くと二週間前と同じ声色で入れ、と云った。それが酷く嬉しいなんて相当だ。入って彼の顔を見てしまったらそんな嬉しさなんて消えてしまうのだけれど。無機質な瞳と声で用件を云う彼の顔を何度も見ることは出来なかった。

「木の葉に帰って見たらどうだ」

その言葉に目の前が真っ白になるのだけど、彼は相変わらずな瞳で私を見るものだから頷くしか術はない。二日かけて木の葉に帰ってきてから手配してくれたという部屋へと駆け込んで、荷物を解くが中々整頓できない。少ししか手荷物を持っていないというのにこんなに手間取るなんて、と気晴らしに外に出てみようと考えた。少しでもこの気分が良くなればと思いながら。そうは云ったものの一人だとどうしても考え込んでしまい沈んでいく心に先輩にあたる、中でも仲良しだったはたけカカシ、に丁度逢いカカシさんは木の葉でも見晴らしのいい場所に誘ってくれた。辿り着くまで久しぶりだねえ、なんて会話をしながら案内してくれた場所は本当に綺麗な処だった、喜んでありがとうなんて云ってみたりした後は二人で一息つく。

「なんか元気ないね、」
「そ、そんな事ありませんよ!カカシ上忍、ほらこの通り!」

ぶんぶんと腕を四方八方に振り上げて元気だと相手に伝えようとすると深く考えず適当に振り回すものだから危うくカカシにあたりそうになったのをキレのいい音を響かせ、すばやく受け止めてくれた。心臓が吃驚して鼓動を上げる、謝りを入れるとほーら元気ないじゃないか、と注意されるのを黙って受け入れるしかなかった。

「かえって余計に心配させちゃいましたか…?」
「ほんとだよ、俺の心配事を増やしてくれちゃって…」

は元々木の葉の忍でカカシはの先輩で、尊敬する人物でもあった。砂に行ったのは風影になると決めた我愛羅に誘われたのがきっかけだ。誘った彼が木の葉に戻ってはと云ったからには暗に砂から出て行けと云われているようだった。だから黙って頷くしか出来なかった、もう必要ないと口にされるよりはずっと良かったと思っているけれど辛かった想いに嘘はない。本当はまだ好きで好きで仕方ない、でもそんな彼に恐怖を感じてしまった以上傍に居れなかった。私が辛いよりもずっと我愛羅に傷をつける。今よりももっと深く傷をつけてしまうのが怖かった。

畏怖を感じてしまったのはある出来事。彼が風影になるほんの少し前に私と任務を組んだ。上忍である自分と下忍から風影になる修行を始めた我愛羅とは云っても五分五分の強さだった時。抜け忍を追っていた私達に彼らは奇襲をかけてきた。私達を殺して逃げるためだろうと踏んだ我愛羅の切り替えには驚いたが私も負けじと血を浴びながら応戦していく。我愛羅に投げられた手裏剣を払った一瞬の隙に一人が懐に飛び込んで来たそれを咄嗟の事に反応出来ず深く刺さったクナイを両手で押し返そうとした。それに気がついた我愛羅は彼の背後に立って、赤を浴びた。それを私からはしかと見えてしまってその時に見た我愛羅の表情に私は畏怖を感じたのだ。

人の感情に敏感な我愛羅に悟られないように目を瞑りながら刺さったクナイをそのままに睡魔に襲われるようにツボをついて脳内経路をシャットダウンさせた。それからだ、私は何処かであの時の彼を思い出しては怖がっていた、彼を化け物と呼ぶ人たちのように。

「私はきっと弱いままなんですね、忍の世界に入ってきたときから」

お前は強いよ、そういわれるのが嫌いだった私を察しているのか本心から云っているのかは定かではなかったけれどカカシさんはは弱いよと目を細めて云い切った。うっとおしいくらいに気持ち悪かった感情がその一言で救われるなんて単純かもしれないけれど喉を詰まらせていたのに水を入れてすっとした時の安心感にも似ていた。

「か、カカシさんだけですよ。そんなこと云うの」
「んじゃあ今までの奴はお前をちゃんと見てなかったってことだな、それか男を見る目がなかっただけー?」


「皆優しい人でしたよ。…我愛羅以外は皆私の本心を見破ってくれなかったけれど」

優しかったけれど何処か違った。居心地も、何もかも申し分ないのに心の底から幸せと感じたのは我愛羅だけだった。なのに、どうしてだろう答えが出てこないの。我愛羅だけ、わかっていたことなのに私は自分が途端に怖くなった。

「わかったけどね、言葉が足りないんだよ。お前等は」
「それ、云われなくてもわかっていたつもりなんですけれどこうなっている時点でわかってなかったのかもしれないですね」 「そ、今からでも遅くないんじゃない?」

遅くないと云っても自分も我愛羅も素直じゃない上に言葉足らずの不足だらけの二人。戻っても我愛羅が口を聞いてくれるか定かではないし、私は本当に戻って良いのかと此処で立ち止まってしまう。もうちょっと経ってからでもなんて暢気に云える心持ちでもないしだからといって直ぐに決着をつける勇気がなかった。黙る私とカカシさん、心地悪くはなかった。

その暫くの間が過ぎるとカカシさんはにたあ、とはっきり云ってしまえば気味が悪い微笑みを此方に向けることなく何処か彼方空に向かって笑いかけていた。その暢気さに頬が緩んだりしてたりして。そろそろ帰ろうかなというところでカカシさんも任務があるからまたね、と云って真っ白な煙に包まれて一瞬の間に消えてしまった。気遣いに遅いながらも気が付いて自分も気味悪く空に向かって笑ってしまった。


「あーおっちゃん!久しぶり」
か!久しぶりだな。任務で帰ってきたのか?」
「あ、やあ…ちょっと、ね」
「そうかそうか、やっぱりだからなあ。絶対やると思ったよ!」

晩御飯のために八百屋に寄ると久しく見てなかった顔見知りのおじさんにからからと開口一番に笑われた。一緒になって笑ってみるも、ぐさりと以外な処でナイフに変わってしまう言葉に上手く笑えたかは定かではなかった。買ったものを下げてゆっくりしたペースで帰り道を通っていくと空が真っ赤に燃えていて不意にだけど我愛羅を思い出してしまいどきりとした。

こんなに木の葉を愛していて尊敬できる先輩がいて後輩がいて、愉しくて優しくて。それでも物足りないと思ってしまうのは欲張りなのだろうかと思うと切なくなった。

「私は、あの人を好きだけど、怖い」

会うのが怖い、どうしようもなく。
そうは思っていても気になってしまうものもある、今どうしているだろうかとか仕事は終って家に帰っただろうかとか、働きすぎてないだろうかとか御飯はちゃんと食べているのかとか。そう考えるとどうしてもあの日の事を思い出してしまう、そうすると自動的にくっ付いてくる痛みが今の自分には我慢できなくて我愛羅の事を考えたくなくて布団を頭からかぶって今日の自分を終らせることに成功した。