す き だ

愛しくて壊したい衝動などあるわけないと思っていた。だからといって自分は優しくガラス細工を扱うような扱いは出来そうにもない、と理解していたつもりだったがこんなにも彼女を見る度、愛しさが積もっていく度に壊したいなんてどうかしている。もしこの気持ちが爆発してしまい彼女を傷つけることがあったとしたならと思うと人を殺した時よりも遥かに恐怖を感じた。

暫く会えなかったを理由に何をしていいというわけでもない。わかってはいた。
目線を合わしても、何処か別のことを考えていたに怒りを感じて押し殺そうとしていた筈なのに気が付くと砂を使い、手を伸ばして押し倒してしていた。その時の恐怖の色は自分の胸を深く抉った。理由など聞けない、本音を吐くわけにもいかず口付けで誤魔化そうなんて一瞬でも頭を過ぎったのがいけなかった。

「態度が悪かったのなら謝ります。ですが…」

そんな事務的な言葉など要らない。お前の本心が欲しい、それを云えばよかったのだろうか。束縛的なものを嫌っている節があった彼女にそんなことを云えるというのか、もし云って後悔したら。こんなにも依存しているのにいなくなってしまったときのことを考えるだけでおぞましい。そんな自分の感情など他所には此方を只見つめ返し、逸らすことも瞬きさえしなかった。その時それが彼女なりの拒絶方法だと気が付いてしまったら、後には戻れない。

涙は出ないが心が虚無感に襲われた、いつ以来だろうこんな風に感じたのは。
散らばった書類は床に落ち、自分の掌の中にも重要な筈の書類が張り付いてはがれない。それもそうだ自分が目一杯机に押さえつけているのだから、その両腕の間にはが依然として視線を交わらせているだけで何も云うこともしない、自分も同じ事。

「やめっ…」

一瞬の警戒の解けと、自分の欲望に合わせてした乱暴な口付け。深く、逃げ出さないようにとしているのに彼女は抵抗して服を掴むがそんなの気になることなどなく。そう、逃げ出さないようになどと云ってはみてももう遅いのだ、彼女の真意をわかってしまった自分には引き止めることもできない。彼女は小さく拒絶の音を漏らしたのが、次にははっきりと云ったのだ風影様と。その言葉が自分との終わりを告げているようだった。

他に言い方なんて何通りも探せばあったはず、だけど自分の口から出た言葉は彼女を野に突き放すような冷たい言葉だった。背中に当たる視線に、彼女の顔は容易く想像できたのに謝る言葉なんて云っていいか分からなくただ唇を噛んだ。だけど一度でも冷たくしてしまったら、もう自分も彼女も戻れないと思った。

出て行く彼女の後姿を見ても、追いかけようなんて今更酔狂なことは云えない。手の甲に落ちた一筋の線は誰かに指摘されるまで自分では気が付かなかった。