昨日ナルトに云った通り今日砂に帰ろうと決めた。ナルトに背中を大きく押されたお陰で意地になっていた気持ちは膨張して勢いよく破裂した。今の気持ちのように荷物をぎゅうぎゅうと詰め込んでいる時、家の片隅に置いてある写真たてに目が自然といった。此処に帰ってきてからなんだかんだ云って我愛羅のことばかりを思っていたような気がする。その埃かぶった写真たての存在に気づかず過ごしていたのが良い例だ。立ち上がってその写真たてに手を伸ばす。その写真たての埃は触れただけで手が黒くなる程に汚れていた。汚れた指先でよく見えない写真を見やすいようにと擦った。
写し出されていたのは我愛羅、風影になる前の彼と私が写ったものだった。自然に戻ってくる懐かしい記憶に目を細めた。
この写真を撮った日は記念すべき日と称してもいい程の出来事が重なって起きた。もしかしたら偶然ではなく仕組まれたものだとしても私は喜んだだろう。朝いつも通り受付でイルカ先生に挨拶を交わしていたそんな時だ、テマリさんに呼ばれた、木の葉に来ているんですかと嬉々として聞く前に彼女によって連れ去られた。丁度昼休み時間に入るところだったからイルカ先生のお怒りは頂戴しなかったのが幸い。テマリさんにされるがままに付いていくとそこには滅多に会うことの出来ない風影候補の我愛羅が好きそうではない甘味処の椅子に腰掛けているものだからその驚きは想像もつかない程だ。それからどういう経緯になったのかは覚えていないのだがテマリさんの云う通り何故か写真を撮り、それを受け取った後お礼を云おうと口を開いた時にはテマリさんは忽然と姿を消し、隣には今日一度も会話を交わす事のなかった我愛羅だけが残り戸惑った。ああ、どうしようと思っているうちに彼が考えたとは思えないような台詞が飛び出してきて、真剣な彼に対して笑ってしまった、不覚だと慌てて笑った口を手で押さえたけど遅かった。彼はいつもの何倍か皺を濃くして俺には似合わんとだけ云い、私に視線を合わせたかと思えば砂の里に俺と来い、とだけ云い残して瞬時に消えた。
驚いて言葉が出ない一人残された私は、記憶を急いで戻した。髪の毛から覗く彼の耳がその燃えるような赤髪以上の朱さだったことからそれでも彼からしたらとても恥ずかしい言葉だったのだと、気がついて残り熱が移ったかのように自分の頬も朱く染まるのが分かった。私は彼がずっと好きだった、いつからと云われても私自身分からない。彼がたまに木の葉にやってくる度、目にすることが出来るだけでその日は最低な気分だとしても元気にやれた、ただ挨拶を交わす程にしか交流がなくてもすれ違う時、微かに笑みを見せる我愛羅に柄にもなく心臓は跳ねた。だから普段以上の口数の少なさだったのかと思うと恥ずかしさは増した。
「今日、も?」
「ああ、大事な会議があって遅くなる」
私は我愛羅と婚約を交わした、とは云っても当事者と関係者ごく一部だけが知る。それはまだ我愛羅が風影として、まだ幼かったから、という上の提案で決まったことだった。ちゃんとした契りは一、二年先が良いだろうと云う言葉に私も我愛羅も頷いた。そう、じゃあ今日もご飯は置いておくね、と頬が不自然に引きつけを起こしたように上手く行かず困ったがなとか形にした笑顔で彼を見送る私に我愛羅は最近は殆ど見せる事のなかった険しい表情を見せた、私は我愛羅に隠せない程の不自然な表情をしていたのだろう。だけれども彼は何も云わず軽く頷いただけだった。消える扉の音に時計を見上げれば会議の時間はもう直ぐそこまで迫っていたのだ、風影となった彼は里の中心となってやらなくてはいけないことが山程あるのだ、私情等は次の次くらいに位置してしまうのも仕方がない。それでも溜息は上手く消えてくれないものなのだ。
勿論私の事も例外ではなく、会えない時は一ヶ月全く顔を見る事も声を聞くことすら出来ない時だってある。それは彼が、我愛羅がこの里を守っていく上で里に認められなくてはいけないのだから会えなくても文句は云えないのだ。それでも淋しい気持ちは湧いてきてしまうのは女の厭な所でもあった。
少しの衝撃でも割れてしまいそうなガラス細工を置くかのようにそっと元の場所にそれを置く。幸せな時が思い出せない自分が厭になり、写真たてから視線を外した。帰りたくない、我愛羅にどんな顔をして会えばいいのだろう、怖いと感じた私が許せなかったから、詰まるような空気の中で生活をするのが苦しくなったから、どれを理由に挙げてみても私の我愛羅に対する感情は変わる事はない。