里の門を潜る。木の葉が自分の故郷だというのに砂の空気を吸うととても安心してしまう自分を感じるとここがどれだけ好きなのかを再確認させられた。二日かけて帰ってきた砂の里は何も変わってはおらず変わったとするならば自分の心だった。二日かけてここに戻ってきて、私は彼の事をちゃんと想っていたのだと、淋しい生活に心は麻痺して彼を見ても何も感じなかったかのような錯覚を覚えていただけで私は彼が言葉にならない程好きで仕方なかったのだ。綺麗な風景、風、空を見てやっと自分の気持ちを思い出すなんてと恥ずかしくなる所だ。中忍二人にお帰りなさいと声をかけられ笑顔で返す私はきっとここを出た時ものと全く違っているだろうと自分でも分かる。不思議と足が速まる、速く我愛羅に会いたくて仕方ない逸る心を抑えつつ自宅にいないと分かっているから、そのまま風影の居る建物へと足を向けた。

運がいいのだろうか、建物が近づくにつれて彼を象徴する赤髪が砂の混じった風に揺らされ、此方からは背を向けた状態で彼は居た。気配で、もしかして察してくれたのかもと高鳴る鼓動に小走りで答え、彼に向かうその一瞬の油断、仮にも上忍であるものが、と自分の失態を悔いた。影が背後に突如現れ、自分に重なったかと思えば身体が逞しい腕に引っ張られ、口を開く前に掌の中に声は奪われた。抵抗を見せて見てもぴくりともしない相手の身体に恐怖を少なからず覚え、空いている足を突き上げてみたけれどもあっという間に薄暗い建物の間へと身体を滑り込まされた。赤髪の彼は此方には気が付かなかった。

「…静かにしろ」
「……もがっ…!」
「もう少しの我慢だ、待て」
「……っ、んー!」

赤い服に身を纏った赤髪の、見間違えるはずなんてない彼の姿が私建物へと吸い込まれていく。あっという間に彼は私の前から消えた、私の気配があったからというものではなかったのだと落胆と少しの羞恥に苛まれる。追いかけたくて、身体を捻っても掴んで離さない相手、忍としてどうなんだろう、たまにこういうケアミスをする事が多かった。このケアミスが命取りだと云うのに私は運が良いのか今まで死ぬ事はなかったのだけれど、我愛羅に見られたら莫迦だと笑うのだろうか。(何でこんなにも悲しいのだろう)

そんな想いが脳の片隅で蠢いた。相手の力が急に弱くなるその瞬間肘を相手の腹部に入れ込んで距離をとるがこの狭い場所ではあまり間を取ることが出来なかったのだが、相手も油断していたのかごほりと、咳き込む声が聞こえた。狼狽していて気が付かなかった私は相手の顔を見て驚く。


「ば、バキ上忍!?ど、…どうして」
「…つー…相変わらずの、莫迦力だな…

バキ上忍は咳き込みながら私をその鋭い目で睨んだ様に見えるが実はこれが彼の素なのだ、と知ってしまえば特別身を縮み込ませることはなくなった。我愛羅に気を取られていたからと云って、忍としてどうなのだろうと高揚していた気持ちを沈めた。謝ろうと口を開けば先回りされ気にするな、と云われ素直に受け取る。物云いたげな表情でバキ上忍が口を開きかけ、私はその言葉を待つのだけれども彼から言葉を発せられることはなく、私はバキ上忍と視線を合わせるだけだった。こうも強気でいれるのは私が我愛羅の相手だからだ、そうでなければバキ上忍がここまで気を許すことは中々ないと云えよう。私が目で訴えを起しているのに観念した上忍は地面に悩みを吐きつけるよう息を出した。

「、云いにくいんだが……婚約の事を知らない一部の上の連中がそろそろ風影にも婚約者をと云い出してな。それで御偉い方の娘を是非我愛羅にと、」

「…え…?」
「も、もちろん俺は反対したんだが、一番に反対すると思っていた我愛羅が」

ああ、だからかと納得してしまえる自分が憎らしい。
彼が私に木の葉に一度帰ってはと提案したのはこの為だったのだろう、そう思うと何もかもが厭になってくる。それだけ聞けたら充分過ぎる、私はバキ上忍の身体を押しのけ光の方へ逃げた。私はこれから我愛羅がとる行動を知ってしまった、気持ちが痛い程ぐらりと揺れる。我愛羅と共にしていた部屋へはもう戻ることは出来ない、これからどうしようと云う思いで走っているというよりは兎に角思い出がある場所へは戻りたくなかった、ただそれだけで私はあの場所から足を遠ざけた。

足が砂と擦れる度、我愛羅が見えた。私ではない誰かに向けた笑顔が純粋に痛かった。あのナルトのような太陽が輝くそんな笑顔ではないけれど、彼の笑顔はそんな太陽を優しく包む風のようなのだ。その笑顔を私ではない誰かに見せられるようになったのだ、彼は。本当は心の何処かで分かっていたのかもしれない、彼が私の気配を感じたからではない、滅多に出ない外に出たのは誰かのために、決して私では成り得ない我愛羅の肩越しに見えた女性像を思い浮かべて走りながら涙が出た。

「……っわたし…じゃなくても……よく、なった…っんだ」

考えたら心が溢れ、涙が押し寄せてくる、走る反発力で簡単に涙は風に舞い目尻から離れていく。頬に掠り、宙に舞っていくのだろう。涙は留まる事を知らず、溢れ、涙は次第に頬を伝うようになる。そしてそれは砂へと沈んでは痕を残すだけになった。

我愛羅が、彼を、私が、何が、途切れた。ぷつりぷつりと断片的になる想いの痛さ、それは痛みが引いてきたからではなく自分の脳が痛みを感じなくなってきているのだと砂へと崩れた。彼がそれで善いと云うのなら私はもう必要のない存在なのだから何も云う事はない。臆病で形成されている身体はいずれ砂となればいい、そんな事を思いながらも決して崩れていかない身体に歯が鈍い音と共に軋んだ。