「それで、私にどうしろと云うのです」

彼女にしては珍しく怒気を含んだ声色で相手方に向けて放つ。
相手方は慣れているのか然程驚く事も怯む事もせず笑みを絶やさずだから、と続けた。何がだから、なのだろうか。何度も説明されたとしても納得いく答えなどある筈もなく、残るのは苦々しさと滞り。彼から離れる事を選んだのは誰でもない自分自身だが、彼もまた自分を放したのは事実。それ以上でもそれ以下でもない。相手方はそれを知りつつも彼女に木の葉へ返って欲しいと申し入れてきた。というより、略確定と云うような口調に早速机を盛大に叩き眉を吊り上げれば流石に忍を怒らせた事による恐怖が出てきたのか当初よりも力はなくなる。

彼らの云い分はこうだ、木の葉戸籍の忍が我愛羅の恋人でなくなった今此処にいられては困ると云う。が、本音は違うだろうというのが相手方の雰囲気で感じ取れる。今取り計らっている偉い方の娘とやらの縁組中に彼女が乗り込んで壊されたらたまらないというのが素直な意見なのだろう。こそこそとされても滞りを感じるだけだ、はっきりと云ってくれた方がどれ程救われただろうと舌打ちをしそうになる。

「住民届けで今はこの里の住民です。それなのに出て行けとおっしゃるのですか」
「いや、そうなんだが、貴方も此処に留まるよりも里に帰った方がいいかと思ったので」
「余計なお世話です、帰りたかったら自分の意思で帰ります」

思い切り顔をしかめたまま、待合室から飛び出す。
心配しなくても相手方の見合いに顔を出す程厚顔無恥ではない、大体我愛羅が決めた事に一度でも反対した事があるだろうか、否無かった。それだと云うのに乗り込むなんて事は端から彼女の頭の中にはなかったのだが余計なお節介による言葉を実行しないと気がすまないと荒々しく地面を踏みしめる。大切な用だと云うから態々出向いてきたという相手に対する態度ではないと憤慨しながらも頭の片隅では彼は見合いをするのだと静かに事実が現実味を帯びていくのを感じ胸がほんの少しだけ息苦しくなった。

「どう、此処の料理美味いでしょ」

自慢げに語るカカシに思わず頷いてしまうのは本当に美味しい料理ばかりだったからだ。この里に来て二年くらい経つというのにこんな美味しいお店を知らなかったばかりかまだ数日しか滞在していないカカシが知っているという事に悔しさが募ったが認めざるおえない。

「…そう、ですけれど、カカシさんが何で美味しいお店を知っているんです」
「行くなら此処がお勧めだって、火影様のお墨付き」

目の前で何を考えているか分からない笑顔を向けているキナ臭い上忍の顔をじとりと睨み返しながら料理を口に運んでいくが相手は全く気にする様子はなかった。どうも裏で火影が糸を引いているような気がしてならない、カカシともあろう里の稼ぎ頭がこうも何日も砂の里に滞在出来る事自体可笑しいのだ。それをみすみすあの綱手様が離すわけがないのにとはいまいち符に落ちない。

確かに此処の料理はの大好物のものばかりが揃えてあって最高だと云えるのだが、目の前の考えが上手く掴めない上忍相手では最高も霞みがかかってしまうのは仕方ないと云える。それに我愛羅と一度も外食をした事がなかった彼女にとって複雑な気持ちにさせてくれるのだった。家で食べた方が二人きりで緩やかに過ごせるというのが主な理由だった、風影がそこ等辺で食事をしている等と誰かが口にすれば一瞬で里中に広まりその場所は見たことも無いような珍しいものでも見るかのような人だかりになってしまうのを防ぐ為でもあり、少数人しか知りえない恋人であったと我愛羅の間には外食等と云うのはもとから存在しなかった。

見事綺麗にあがっている天ぷらを口に運ぶと、清々しい音が口内に広がった。だから我愛羅とは一度も外食と云うものをした事もなかったし、まさか食事を共に出来なくなるなんて思いもしなかったのだからといつの間にか眉間に皺を寄せていたらしい私に訳知り顔をしたカカシさんがにこりと笑いながらそこを突いてみせた。こういう処が苦手だと知らず知らず作っていたそれを撫でて失くした。

ご馳走様でした、と全ての勘定をしてくれたカカシに対しては云うといいえ、どう致しましてと鈴のついた扉を引き、鳴る鈴と共に背後からはありがとうございましたと元気の善い声が幾つか飛んできた。先に出たカカシは扉の前で動く事を突然止め、は思い切りカカシの背に鼻を打ちつけてしまい批難の声を上げるがカカシは振り向いて謝る事もなくそこから動かずにいる、鈴は揺れる事のなくなった扉に沿って鳴らす事を止め弱弱しくなっていった。

「か、カカシさん…どうしたんで…」
ちゃん、運ないねえ」

そうカカシさんが呟けば、何かの力が自分自身を操作しているかのように視線が前へ行く。普段は晒される事のない部分の眼球がめいっぱい空気に当たり痛いのだけれど、その感覚以上に自分自身が予想をはるかに超え悲しんでいるのだと気が付いた。それは我愛羅も同じであって欲しいなんてまた身勝手な思いを胸にしまいながら、カカシさんが腰を引く、それによって二人組がすれ違い店の中へ消えていった。一瞬のようにも感じられた事でもあるし長かったようにも思える。(けれども、後々覚えているのは彼の赤い眼だけだった事から一瞬の事だったのだろう)彼の隣にはあの時見た、同じ女性が存在していた。

「か、カカシさん!どうしたんですかっ…そんなに早く歩かなくても…!」

歩調の合わない二人が帰り道を歩く。初めてそこで彼が自分に合わせて歩いていたのだと気付いた時、なんとも云えない気持ちが溢れる。嗚呼、きっとこれが感傷と云うものなのだろうと知る。驚く程早いカカシさんに合わせて歩こうとすれば、普段慣れないような踵の高い靴はとても邪魔になり、砂の里である此処では余計だった。重心がずれ身体の傾きが生じ、小さく悲鳴を上げれば少し前を歩いていた背中に頭をぶつける。謝りながら顔を上げれば、困ったように笑いながら相手も謝る声と重なる。これは恋ではなく、その残り香を彼に押し付けようとしている私が勝手に感じている胸の高鳴りなのだと思えば苦しみは一層酷くなるばかり。