何時何分何秒後にあの人は思いを込めた紙の束、薄いけれども沢山想いの詰まったそれを破ったのだろうと考えた処で破られた手紙が修復されるわけでも、分かりきった返事が返って来る筈もないのだから無意味な行為だ。無残にも塵箱行きとなった、つい先日に自身の手によって作り上げられた思いの形。小さくて薄いものだけれども息づいていた生命は呆気なく数日という短い生涯を終えていた。

何かを感じる間もなく私の心は掻き乱されるだろうと思っていた。実際には、寿命関係なく勝手に終わらされてしまった命を目の前にして泣く事はなかった。彼の事が好きだった筈ではないのか、自問自答してみるがそれ処ではなかった。初めて知る自身の新たな部分に笑いたくなった程だ。彼の事はちゃんと好きでいる、今でもと云える不思議さに心が戸惑う。この場で取るべき行動は決まっていて、それを今すぐにでも実行すれば全てがすっきりするというのにそうしない、出来ない。そもそもしようとも思わないのは何故なのだろうか、意外と答えは簡単だった。

「なんでこんな所にいるの、え、っと」
「テンゾウですよ、忘れないで下さい」

待機所の塵箱の前に立つ私の隣にあるソファーに礼儀正しく座っているヘッドギアをつけた男は名前を忘れた私に対して呆れ顔を見せつつも自ら名乗り出た。まるで忘れている事を念頭に入れていたようだ。

「あ、そうそうテンゾーだ。お久し振りかな?」
「名前は忘れているのに、久し振りかは分かるんですね」
「ちょっと最近色々と乏しくて、」
「はあ、」

確か半年前に一度、半月に一度合計二度だけ一緒に任務をした事があった。テンゾウと名乗ったヘッドギアの男は些か上目遣いで私を見る。もし私が彼と同期で笑顔で挨拶を交わす仲であったなら、笑い転げそうな眼だ。けれども彼はそこまで莫迦ではなく(二度任務をしただけだったが実力は私よりも上だろう)悠然としている。ついさっきまでは好奇な眼で見上げていたというのに今はもうくるりとした黒点。流石だ、と口には出さないと褒めてみた。思わぬ伏兵が邪魔をしてくれたお陰で泣くタイミングを失ってしまった私はこのまま上忍待機所でこの男と二人きりというのはとても耐え難かった。その黒い眼は相も変わらず此方から視線を外そうとしない。どうやら塵箱に手を入れるタイミングまで逃してしまったらしい。

「何?」
「いえ、別に何も」

くっきりと彼の眼球から私が見える。何故だかそこで映る私は今にも泣きそうな、泣いているように見える。もしかしたら彼、テンゾウからしたら私はこう映っているのだろうかと羞恥心がぽっと胸の隅で燃えた。別に何も、と云った後彼はふいと視線をやっと逸らし待機所らしく彼の待機の恰好、両腕を組み眼を閉じた。その好機を逃す手はなく、塵箱からばらばらになった一枚の紙片を丁寧に布に包み込んだ。ちらりと隣を一瞥したがテンゾウは眼を閉じたまま、微動だにしていない。見られず済んだことへの安堵の息が彼に命を与えたかのようにテンゾウが口を開いた。

「夜、空いてます?」
「空いてません」
「何故ですか」
「久しぶりに会ったテンゾウ君には関係ない話です」

本当は午後は空いていて何もない。今から家に帰って寝込んでも全く仕事には支障ない。ポケットに忍ばせた紙切れ達の心臓が微かに鳴る。腕を組んだまま眼を上げる、私はどうやらこの瞳にはどうも弱いらしく見られると言葉を忘れそうになる。じゃあ、と諦めの悪い接続詞を紡ぎ始めた後輩に驚く。

「毎日会っているカカシ先輩も一緒にって云ったらどうですか、?」

まるで、まるでこの眼は嘘を見抜いてしまうのか、呆気なく嘘を見破ったテンゾウと云う私よりも幾つか若い青年に胸が詰まった。少しの間の後口角を上げ笑うテンゾウは年下だとは思えない程に大人びた笑い方をした。ああ、この様子じゃ断れないと悟った私は了承の言葉を口にしようとする。途端、腕を組んでいたテンゾウの頭上から色からしていかがわしいと思われる色をした表紙の本の角が的確に脳天を突いた。油断をしていたのかそれとも落とした相手が彼よりも能力が上だったのかそれを惜しみなく受け取ったテンゾウは先程見せた笑いを引っ込め痛みに頭を抱えた。

「俺の気配に気が付かないようじゃまだまだだね」

痛みに呻き声をあげているテンゾウの真上には逆さつりになったカカシが天井に張り付いていた。また痛い処を狙ったなと他人事の私にお構いなしのカカシと抗議の声を上げるテンゾウ。まだ声の端々からは痛みが見える。

「……カカシ先輩、何するんですか」
を誘惑しているお前が悪い。テンゾウの癖に」
「誘惑なんてしたつもりないんですが…」

傍から見ても厭そうな顔を天井に向かって見せるテンゾウと臆する事なく眼を細めるカカシの間には既に上下関係が成り立っていた。いかがわしい本を拾えば直ぐに降りてきたカカシはそれを受け取りテンゾウに視線を向けたまま。玩具を見つけたようなカカシの視線には見覚えがある、半月前の彼と組んだ時の帰り道に偶然逢ったカカシの眼がこれとそっくりだ。顔を上げた彼はヘッドギアと云う守備も効果なく、目頭からは淡い光の下にも関わらず綺麗に光を放っていた。少し可哀想な気もするけれども此処で口を出せばカカシの好奇心は此方へ向いてくるかもしれないと思い沈黙を守る。

「勝手に俺の名前で誘うなよ」
「それは…」

すっかり蚊帳の外の存在になってしまったと立ちっぱなしの足が疲労を訴える。掛け時計を見上げれば紙の残骸を見てからテンゾウが来るまでの間の空白時間が体感していたよりもずっと長いことに気付き、疲れの理由にも素直に頷ける。午後が非番で本当に善かった。ね、と声がかかり顔を上げれば丁度真ん前に居たテンゾウと視線が合う。カカシが意味ありげに笑った気がした。

「勝手に誘ってくれて悪いんだけどさ、午後も用事があるんだよね。ってことで二人で行ってらっしゃい」
「私がテンゾウ君と一緒に?」
「そう。別にいいでしょ、午後非番なんだし。この機会に仲良くなれば」
「それは、そうだけれども」

呆気なく嘘をばらされてしまい、目の前の彼へ視線を向ける事が出来ずにカカシへと視線を固定する。確信犯かこの男は、と眉間に皺寄せすれば相手の思う壷。面白そうに笑うのだから木の葉で一番の食わせ者だと思う。

逸らした先から感じる視線の痛さに頬の筋肉が震える。この状況から云って結果は見えていて、用事だと云って種を蒔くだけ蒔いて逃げたカカシには今度覚えておけと心に復讐を決めながら煙が全く無くなるまで向けずに居たテンゾウへと声をかける。

「御飯、行くんでしょ」
「え、行くんですか」
「なに、誘っておいて意外そうにするのよ。暇なのもばれちゃったし」
「先輩がいないのでてっきり行かないのかと…」
「別にカカシが居なきゃいけない理由なんてないし、寧ろ居なくて清々する。異論はある?」
「いえ、」

顔を向ければなんて事はなかった。テンゾウは上忍待機所に入ってきた時と何ら変わりのない表情で違う処をしいて云えば少し間の抜けた顔をしていたことくらいだ。仕方ない、と思いながらも満更でもない心持の自分に呆れた。


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