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現実を生きる忍が思う事ではないのだろうけれども魔法のような手だと思った。それで何もかも無にしてしまえるのかも、と期待してしまう。けれどもそんな都合が善い話なんて名も知らない誰かの足元に転がっている、不幸な事に自身の目の前にはそんなもの落ちていないのだ。嘘は間逆だ。それらは厭だと叫んでも足元を埋め尽くし身体までも容易く飲み込めてしまえる程そこらじゅうに転がっている。口を開けばもうそこからは真実よりも嘘が多い。時には嘘も大事だと云ってみた処でそれが残酷である事には変わりないのだ。約束通りの時間、約束の場所へ一足先に着いたは賑わいを見せる街並を無心で見ていた。その何処かから現れるであろう男の特徴や気配を無意識に探している事に刹那戸惑う。組まれた腕、吸い込むような大きな瞳足元に落ちていない筈の魔法にいつの間にかはかかっていた。 一時間もした頃だろうか、苛立ちもそこそこに痺れを切らし始めた頃やっとの事人混みの中ヘッドギアをつけた男が此方へ向かってくるのが見え、帰ろうとしていた足を揃え戻した。誘った相手が遅れてくるとはどういうことかと眉を吊り上げたを更に歪ませる一言が後輩の唇から紡がれるとは思っても見なかった。向かってくる後輩に遅れたのだからご飯は驕りねと高飛車な態度で挑もうと思っていた言葉も全て木遁の術で作られた男そっくりの分身の所為で崩された。
「急な任務が入ってしまい今現在僕は里外に居ます。貴女を誘ったのは僕の方なのに、本当にすみません」 そう、と云うと木遁分身はあっという間に消えた。初っ端から約束が破棄になる事は忍にとっては日常茶飯事だ。それにしたってこんな日にこれって無いでしょうに、と独り悪態を付き消えた木の男でも善い。一発殴っておけば善かったと後悔した。一気に色褪せた店前の中へ独りで入っていく気には到底なれず一度纏めた足を動かし家路へと向かった。 部屋の鍵を開けて何もかも投げ出したくなる衝動を何とか靴だけに留めながらはそのままベッドの上に転がる。家の中は相も変わらず殺風景な部屋で布に包んだ手紙もこの部屋で書いたのだ、それも今ではポケットの中で粉々だ。柄でもない事をするのではなかったと後悔した処で手紙も宛てた相手も無かった事には出来ないのだ。忍術を使え、暗部の頂点に立っていた者だとしても。何か食べた方がいいのではないか、と些か思ったのだが駄目になった予定と午前から堪えていた感情がどっと疲れと共にやってきては彼女の頭の中で崩れていく紙と久しく会ってなかった只の知り合いから抜け出すことが出来なかったテンゾウの黒点が交互に再生されていた。 いつもとは違い早々とベッドへと沈んだ所為か早朝から眼を覚ましてしまい、このまま呆けて頬にこびり付いた違和感と戦っているのも何だか癪に障って起きる事にした。忍服もそのまま床下に脱ぎ捨てた所為でポケットから零れ落ちる残骸を無意識に足で踏み潰していた。 暗部時代とは違い、余程里が危機的状況でない限り身体を酷使する事はなく案の定上忍待機所へと足を運べば人は皆無に等しかった。少し安心した心に容赦なく降ってくる言葉に身体は勝手に防御する。何事も無かったかのように笑う上忍相手に曖昧な返事を返し、逃げ腰になっている身体を部屋に押し込んだ。 なんなのだろう、この状況はとは一人離れた場所に座り彼らの視線逃れをする。昨日の今日、都合よく相手が忘れてくれる筈もない。あれ程綺麗に破られていたら読まれたのか、それさえも疑問だろう。いまどき手紙なんて古風なことをする女に見向きもしないのか、彼は此方に一片の気を向けてくることなく隣に座るくのいちと愉しげに言葉を交わしていた。 (私の見る眼が無かったのかも) そうは云っても直ぐに割り切れる程淡い感情でもなかった。は気を紛らわす為に適当に雑誌を開いてみたが奥の声が気になって内容など全く気にならない。遠くへ放り投げ、眼を瞑ってもみたけれども昨夜の早寝は相当身体に潤いを与えたのかいつもは眠くて仕方ないことも今日に限って冴えていた。
「!お前もこっちに来いよ」 不意に大きく響いた声に自分の名前が含まれていたことに数秒の間が必要だった。遠くへ視線を向ければ上忍の男はに向かって笑いかけていた。見慣れた表情、普段は感じることのない女心がときめいていた表情。それが今となっては無条件に憎らしい、とは隣にいるくのいちの鋭さを見ながら断りの言葉を投げ返した。 「遠慮しておく。私はそこまで無粋じゃないの」 なんだよ、それ、と少し前まではお気に入りと頭の中でスクラップしていた表情で云う。隣のくのいちはあからさまに胸を撫で下ろしているのが分かる。そんな分かり易くては忍は勤まるのだろうかと余計な事を口走りそうになる。ああもう耐えられない。 判断を自身に仰ぎ、早々に逃げ出した先で見つけた心地善さそうな木の下に腰掛ける。上手い具合に日が木漏れ日となっての体温を上げた。どうせ今日の任務も午後からだし、と重たくなってきた頭を少し痛い幹に押し付けて目を瞑った。鮮明だった意識がこうも呆気なく落とされていくのを感じるとあの短時間で随分心を浪費したのが分かる。暗いくらい、誰も居ない場所。そこで渦は彼女の意思関係なく自由に好きなものを飲み込んでいった。好意を抱いていた男のスクラップが一番先に黒く飲み込まれ、隣のくのいち、昨夜の自分の姿、冷蔵庫、それからそれから…ヘッドギアの後輩が作り出した木遁分身が歪んでいった。そして本物の、黒目が見る先はの眼球の奥、そこで渦は突如止まる。その不自然な世界に疑問を持たない夢の住人は何故と云う言葉も持たない。途端に聞えてくる、暗い底から波を作る。掬い上げてくれそうな優しい声。は必死にその声にしがみ付こうと腕を伸ばす。声はそれに答えるように自身から近づいてくるようだった。 「さん」 木漏れ日と同じもしくはそれ以上の心地善い声がを呼んだ。ぼやける視界の間で黒い射抜くような瞳がを見ていた。 [20090220]_repair.20110826|× |