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「テンゾウ、ってこの間綺麗な人と居たよね」 テンゾウ君だった呼び名はいつの間にか君が無くなりテンゾウだけになった。呼び始めた当初はテンゾウにしては珍しく少しむず痒そうにしていたというのに今ではすっかり慣れてしまいけろりとしている。ちょっとそれが残念だと心の中でごちる。まあ私には関係ない事だけれどもと何処か釈然としないにしては珍しい言葉のあやふやさに眼を見張るテンゾウ。そしてその後、綺麗な人と居たという言葉が耳に入りカカシとテンゾウは苦笑いに転じた。正確に云えばカカシはにやにやと云った方が正しい。それで、と続きを促すが眼がマスクの下で笑い堪えているのが明らかなカカシの不真面目さには眉を吊り上げ真剣に聞いているのよと云い直した。珍しくむきになっている所為で先程関係ないと云った言葉はすっかり彼女の頭の中から抜け落ちてしまっているらしい。それに気が付いているのは話題の当事者と謎の美女を演じていたカカシだけだった。 それを目撃したのはが買い物帰りの途中、人混みの中で見覚えのある長身黒髪の後姿を見つけたのだ。一瞬見間違いかと疑った、と云うのもテンゾウと出会ってから一度も女の影がちらついた事が無かったからだ。その人混みの中からでも善く分かる隣合っているのはいつも傍にいて鬱陶しくないのだろうかとげんなりするようなむさい組(スケコマシの上忍とその後輩)だと云うのに今テンゾウらしき人物の隣を占領しているのは中々の長身で細身の背格好からしても美しさが滲み出ている女性だった。テンゾウじゃないのかも、と思い直すもその線は直ぐに消えた。顔を隣に向けた男の表情は紛うこと無くテンゾウそのものだった。彼の象徴と云っても善いヘッドギアもしかと見えたのだから疑いようがなかったのだ。
「見たんですか、」
「うん、別にいいじゃない。減るもんじゃないでしょ」 大体あんなに綺麗な恋人が居るなら紹介してくれてもいいじゃない、と不貞腐れたような表情で呟く。認めたくはないがテンゾウが否定しないという事は事実なのだと裏づけが取れた途端、自身の機嫌が悪くなっていくのを感じた。テンゾウが慌てて否定の言葉を紡ぐが既に遅し、その言葉を云うのには順番を間違えた。は苛々とし始めた胸の内を晒してしまわないよう忍らしく忍び耐えながら笑い顔を造る。カカシは何故か喜劇を観ているかのような調子で二人を眺めていると云うのにそれを咎めるような余裕はには残っていなかった。
「全く、嘘を付くならもっと貫き通せる嘘をつきなさいよ」 大体暗部の天辺を陣取っている癖に何よその分かり易い嘘は、とぶつくさ云い始める自身よりも一回り小さい存在にテンゾウを頭を抱えそうになりながら弁解の言葉を口にする。
「いや、あの…さっきのは全くのさんの勘違いなんですが…」 遮られた言葉に眉を上げると頭を押さえるテンゾウの隣では当たり前のようにカカシが座り、愛読書で彼の頭を殴ったようだ。何処かであったっけと既視感を感じながら痛がるテンゾウの姿を見ながらああもうと言葉を飲み込んだ。そして黙るテンゾウの変わりにカカシはに問うた。お前はどうなの、と。写輪眼で見られているわけでもないのにいつもカカシの視線に硝子の身体になったかのような感覚に陥りやすい。どうなのってどういう意味、と無意識に見開いた目蓋にカカシは笑った。痛みから解放され顔を上げるテンゾウに追い討ちをかけるようにカカシの腕が彼を襲い身体を半分に曲げられる。痛みを訴えるテンゾウの声も涙声と些か息苦しそうな篭った声がする。ついに見かねて声をかける。
「それくらいにしてあげないと、ちょっと苛め過ぎじゃない」 ね、と引っ掛けに来る辺り先程の言葉を無かった事にするつもりは毛頭ないらしい。どうなの、の問いは容易に想像出来る。十中八九間違いないだろう。全てを飛ばして何を云い出すやら、この男はと顔を顰めたにカカシが怯む筈はない。元より知りえている相手の考えに溜息を交えた言葉を吐く。
「知っている癖に、確信犯ね」 あくまで白を切るカカシに憎らしさをぶつけてみても唯一見える表情の右目がしなやかに曲がるだけ。下敷きになったままのテンゾウは此方を見るのにも随分力を要するのか、苦しそうに呻きながら向こうと必死になっている。本当、知っている癖に、と空気に流した言葉をカカシは愉しげにそれを飲み込んだ。この年になって頬を赤らめるなんてことどうしたって出来ない、可愛らしく聞く事さえも出来ないし何より自分の性には合ってない。は顔を顰めた。カカシは先程飲み込んだものに随分満足したのかそれ以上は聞く事も無くたテンゾウから退くと一旦閉じた愛読書を開きなおした。 涙眼になるまでの力を込めて痛めつけられたテンゾウは身体を起こす。文句を落としながら顔を上げたヘッドギアの男。いつも見ているそれ。いつもの光景が背後に浮かぶカカシの意味ありげなしたり顔によって直視出来ず、テンゾウから視線を逸らす。その先には紅とアスマが何を思ってか口元をだらしなくさせていた。全くこれだからバカップルはと心の中で吐き捨て、また行き場の無くなった視線を宙に浮かべた。仲良く二人同じ情景を再生中なのだろう。緩んだ頬と居心地が悪くなる温かさに包まれたは眉間の皺を濃くしたし、状況が読めなかったテンゾウは非難がましい眼でカカシを見た。どんな視線を向けたところで満足してしまった今のカカシには何も見返りはない。慣れているテンゾウは直ぐに溜息一つで妥協し、の方へ向き直った。
「…で、話をもとに戻しますけれど、」 テンゾウを見ることなくそっぽを向いたままのはこれ以上からかわれてはかなわないと思い、内心気になるものの話を切り上げようとした。行き成りの掌返しにテンゾウは驚くがその表情を理解出来るのはかカカシくらいもの。だがカカシは愛読書に夢中になり、はテンゾウと視線を交わらせようとはしないからして驚きに気付いたのは本人だけだった。
「もうそろそろ任務の時間だし、カカシ」 立ち上がりカカシを急がせる。実を云えば任務はもう少し時間はある。カカシも承知の上で愛読書をポーチにしまい、の後に続いた。テンゾウは去ってしまう二人に何か云うでもなく、機嫌を損ねてしまったをどうしたらいいものかと頭を痛ませた。 [20090220]_repair.20110831|× |