ヤマト上忍、と呼ばれた久しい声、些か緊張を孕んだ声に自身には似合わず同じように緊張したのは云うまでもなくカカシ先輩にはばれていただろう。それでも平然を装い、カーテンを引く自身の手は緊張の為かぎこちなく、これが任務中だったならば死の境目になるだろう。そんな心持とは裏腹にいつも通りの仕草を見せた処で彼女が見えぬ違いに気付くなどとは思っていない。カーテンの向こうから眼を見開く彼女は僕ではなくカカシ先輩を視界に入れ驚いている、嗚呼何だか面白くないなんて感じている辺り末期だ。呆ける彼女の視線が此方に向くのが分かり此方も眼を彼女へ持っていくと驚きは信じられずと云うものとなる。僕が此処に居る事がそんなに信じられないのだろうか、驚きをゆうに通り越していた。まるで見えてはいけない、幽霊を見たかのような表情に普段のものから些か無表情になるのを感じた。ほんのささやかなものだ。

恥ずかしくなったのか彼女は突如点滴をしているというのに自身の危険も省みず上半身をベッドから離れさせ、カーテンを閉めに掛かるそれを止める間もなく予測通り床へとご対面した。そんな彼女を可哀想だと思い見ているだけでは飽き足らなかった僕の身体は勝手に彼女を抱き上げた。しかも、何をやっているんだいと呆れた物云いまで丁寧に唇から洩れる処が幼少から築き上げられてきた捩れがそのまま大人になっても直る事は先ずなく余計酷くなった結果の現われだと思う。

「…っ…」

点滴が引っ張られて随分痛みを感じたのか彼女は腕の中で固まりそのまま動かない。死んでいるんじゃあないのだろうかと刹那脳裏を掠めるのだが彼女の身体は温かい上柔らかく、人間らしくないと云う点は先程から一ミリも身体が動かない事だけだ。そのままベッドへと乗せ、カカシ先輩のテリトリーへと足を戻せば彼女はそこでやっと動き出す。やはり最初に眼に行くのは先輩の方らしく目蓋を何度か動かした後(背後で先輩が面白そうに笑う声がする)腕を伸ばす彼女に懲りていないと叱咤するよりも先に身体は先程の痛みを彼女に味合わせない為にと一歩前の行動を読み取りカーテンを引いた。(その際に背後で抗議する声が聞えたがそれは無かったものとした)

刹那驚く彼女の姿を見るのはこれで二度目だろうか。
別に驚かせたくてしたわけではないと弁解するのは可笑しいだろうと口には出さなかったが、その直ぐ後に彼女が柔らかそうな唇を動かす前に僕が切り出した。

「、ありがとうございます。ヤマト上忍」

お礼の言葉等正直要らないと思ったのだが、そこで曲がった性格が前面に出てきてしまっていると気付き、彼女に曖昧な返答で誤魔化した。こんな事をするのは自身に利点がない限りしないのだ、それを彼女は知らないで只の好意だとでも思っているのだろう。此方はそんな気持ちではなくやましい思いで彼女を痛みから救ったのだと云うのに…嗚呼これは黙っておいてもらいたい。幾ら彼女が此方を快く思っていないにしてもこんな思いが露見すれば忽ち彼女の中での僕は否応でも下位争奪戦に参加しなければいけなくなる。

「あーヤマトの」
「それ以上唇を動かそうものならば幾ら先輩であっても口止めしますよ」
「あらら、見かけ以上に怖いね」

怖い等と露にも思っていないであろうカカシ先輩に呆れ顔を作り、些か見舞いに来た事への後悔を募らせる。もし隣の彼女に聞えたらどうしてくれるのだろうか。こんな薄っぺらな布一枚隔てた処で個々のプライバシーが守られているとは到底思えない。しかも彼女の隣に居座る(病人とも云えるが)この人が居る限りそれは叶わぬ願いだと分かっている。嗚呼、どうして、彼女の隣にはこんな人が、と思った処で体内時計がそろそろだと僕に知らせた。兎に角、変な事を吹き込まないでほしいという事を読唇術が使える先輩に伝え、任務の時間が迫る僕の身体は外へと出た。

  数秒後、指先がどう動くかは未だ知れず

2011/01/10


今日は何て善い天気なんだと柄にもない事を思い待機所へ向かえばこれもまた天のお告げか否か、(神なんて信じてないのだが)彼女がそこには居た。あの病室以来の再開に驚く僕とは間逆に彼女は全く驚く素振りを見せずそのまま顔を自身の仲間へと向けていった。あの後見舞いに行く時間が空かなかった為彼女が退院し復帰したというのも全く知らなかった、嗚呼全くあのキナ臭い先輩(一昨日に退院してきた)は昨日会ったと云うのに一言も云ってなかったじゃあないかと抗議を心の中で紡いだところであの先輩が気に留めるとも思えないし、良心があるのか甚だ疑問だ。

否、ないだろうという結論に達したのは待機所で彼女の少し離れた場所に悠々と腰掛ける先輩の姿、しかも明らかに確信犯だと解るマスクに寄る皺を見たからだ。そうだった、と諦め、彼女の居る場所の間逆の待機スペースへと足を運べばキナ臭い先輩は布に寄る皺を一層増やし何をやっているんだと叱咤(というより愉しんでいる)するかのような視線を投げ付けてくる。

「そんな視線を投げても僕は行きませんよ」

何でもこの先輩の云いなりになるのは癪に障るとまではいかなくとも何処か身体に異常を来たす。云いなりにならなかったらならなかったで何か見えぬものが作用しているのかこの異常は二廻り以上行く酷さになるのだが。態度で示しても行動しない僕に今度はあからさまに前に出て言葉にしてきた。

「そんな事云ってると直ぐに取られちゃうよ、俺とかに」
「その時はきっぱりと諦めます」

俺とかと云った先輩の言葉は無視し、ついに云ってやったと微かな優越感の元で先輩が何も返さないと思ったら大間違いだ。この人は人の苦しむ姿を見るのが多いに好きなのだ、それも僕に限られて居るから性質が悪いし取るとしたらきっと簡単に彼女の心を持って行ってしまう事なんて造作もないだろう。お見通しだ、と云わんばかりの眼が描く弧に身体が嘯きにぎくりと強張った。

「お前、そういう性格には見えないけれど」

確かに僕はそんな性格ではない。自分自身で云うのも何だけれど一度された事はこの生命息づいている限り覚えているだろうし、そう簡単に諦める事はしないと云う鍋にこびりついたおこげのような性格だと自負している。おこげはまだ可愛いものだ、鍋にこびりつくだけが精一杯で何も行動に移す事は出来ないのだから。

「まあ、テンゾウがそういうならその証拠を見せてよ」
「…何を証明するんですか」
「そんな難しい事じゃあないからさ」
「はあ…、」

さっきの自分の威勢はどうしたと自身に問いかけた時には先輩の勢いに飲まれあっという間に意味の分からない証明というものを見せる為に使い走りされた、今日の午後。上忍が午後から暇を持て余していていいものかと思うのだがそこは何とか先輩の手によって時間調整させられた、木の下に待ち合わせた女性に思いを寄せているつもりになってその女性が自身に向いていない思いを知りつつも諦める事が出来るのか、という証明をしろと云われた処で見知らぬ女性に対して出会って数秒でそういう感情を抱けという方が可笑しいし(キナ臭い先輩ならともかく)抱けた処でさして心に打撃を与えるとも思えなかった。あれ、って事はまたもや先輩の暇潰しに付き合わされたって事か。最悪だ、と気が付いた時には僕は木の下で女性と対面していた。嗚呼、幾ら尊敬する先輩の言葉だとしても金輪際耳を貸さない事にしよう。

  手をつなげばわかると思う

2011/01/25