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何で私がこんな事をしなくちゃあいけないのだろうかと十五文字以内で簡潔に述べよと自問自答しながら重たい大量の書類を両手に抱えながら資料室へと足を運ぶ。足が鉛のように重いのはきっと昨日の久しくしていなかった任務の所為だろう。いつもデスクワークばかりをしていれば自然と身体は鈍ってくるのは自然の摂理というもので、今日それを痛感したばかりだ。それだと云うのに出勤早々こんな大量の書類を資料室へ運びがてら調べ物をしてほしいと云われるなんて、思ってもみなかった。これもあれも奈良シカマルの所為である。あ、十五文字以上になっちゃったじゃない、と何処からか沸きあがって来る怒りを書類に書き込む事で発散させようと重い足取りで資料室へと向かった。

資料室へと足を運べばそこは本当に部屋なのだろうかと疑いたくなる程に荒れきっていた。きっと昨日此処で仕事していった人の疲労が爆発した成れの果てなのだろうと納得はしてみたものの、それだけでは放置されたこの部屋の惨状を元に戻す理由には足りない気がする。が、しかしそんな事を云っていては両手に抱えられている大量の書類達は片付かないし、順を追って始めなければ何も出来やしない事は明白だった。

「ええと、この書類は…」

散らかっているものを少しずつ片付けていく内に陽はどんどんと上へ昇っていきやっと窓が見えるくらいに片付いた頃には陽は傾きかかっていた。今日は残業になりそうだとこの後の自分自身の未来を想像し、げんなりする。今日の受付は奈良シカマルともう一人新人の中忍がやることになっていて、私は浮き足立っていたというのにこれでは定時に帰れる分奈良シカマルと共に受付をやっていた方が善かったのではないかと思わせた。けれども、この書類の山達も元を辿ればあのにっくき男の手が空かない分私に回されてきた仕事であって、奴が私の片割れでなければ絶対に回ってこないであろう書類達。嗚呼やっぱり憎い男だ。

「私より…ちょっとばかり人より優れているからって何で私ばかり雑務が回ってくるのよ」

確かに奈良シカマルと比べたら私の能力なんて爪先程度なのだろうけれども、と自覚はしているが口に出すのもおぞましく感じる。一応自覚はあるのだ、認めても居る、でも雰囲気を柔らかく出来ない理由がある。それは二年前顔合わせた瞬間から始まっている、名前の分からない感情。多分嫌悪感なのだろうと憶測は出来る。けれども何処かそれとは違う気もしないでもない。だから分からない感情下に踊らされている私は滑稽以外の何者でもない訳だ。それを奈良シカマルは憎い程察しの善さで見抜いている、だからなのかいつまで経っても薄い膜で遮断された二人組みのままなのは。

話がずれた。それにしても雑用が丸々こっちに回ってくるのはやっぱり納得は出来ない。幾ら奈良シカマルの方が優秀だとしても、一応相方である。どちらかが偏った仕事量であるのは府に落ちないと声を荒げるのは理に適っている。

「どうせ私は役立たずよっ…はあ、自分で云っていて虚しくなってきた」

かりかりがり、紙の繊維にペンが引っかかる、それだけの事にも舌打ちを落としたくなる程に今は癪に障る。書類に怒りをぶつける処か増幅させてどうする、と何度か深呼吸を繰り返し、繊維に捕まったペン先を救出した。目先の事に集中させなくちゃと自身を叱咤しながら一枚、二枚と終わらせていく内に散漫になっていた集中力が取り戻されていき、ペンの進む速さが増していくのと反対に外は益々黒くなっていった。

「……ん、」

いつの間に眠ってしまっていたのだろう、と痛む身体を起こし時計を見れば時刻は定時をとっくに過ぎていた。やっぱり終わらなかったかと欠伸を一つ、それでも未処理の書類よりも高く積み上げられた書類を見やり今日は潔く帰って眠ろうと腰を上げた。資料室から出て荷物を置いてきたロッカーまでそう遠くはない。ただ疲れた身体には多少遠い気がするだけだ。身体を動かす度にあちらこちらから新しく悲鳴が上がるのを感じながらまた欠伸を一つ落とす。廊下だろうと時刻は定時過ぎ、誰も見て居ないからいいやと思いながら盛大にしたそれにちゃちを入れる声がした。慌てて口を閉じた処であまり意味がないのだけれども、あけたままよりはいい。誰だろうと顔を上げて視界を見渡しても誰も居ない事は明白、もしかしてまだ寝ぼけているのだろうかと一旦止めた歩みを再開すれば背後から無愛想な声が響いた。紛うこと無き、この声の主は知っている。

「な、に」

私は今寝起きで機嫌が悪いのだ、しかもそれを引き起こした元凶が背後にいるとなれば尚更だった。ぶすりとした声色で吐き出した言葉は云った本人でさえ素っ気無さ過ぎると評価出来るものだった。

「別になんも。ただ、女捨ててんなあと思っただけっす」

笑うでもなく、眉を顰めるでもなく、単調に呟かれた言葉に身体の熱が一気に上昇していくのが分かる。悪かったな、それをあんたに云われる筋合いなんて無い、と云いたい処だったのだけれどそこまでタフではない私は背後に居る男をひと睨みして数メートル前にある扉の中に駆け込んだ。部屋の中は思った通り私以外誰かが居る筈もなく、電気もついていない為真っ暗。扉一つ隔てた向こう側では奈良シカマルと思わしき気配が遠ざかっていくのを感じながらぐつぐつと魔女の鍋宜しく煮えたぎっている腸を静まるようにと気休め程度に撫でた。

(怒りが収まらない…!)

そもそも大欠伸をする程に書類を差し出される原因の一つにあいつは入っているのだ、それなのにその原因から女を捨てているなんて云われたくない、大きなお世話だ。今なら扉を抉じ開けて腹に溜め込んだ怒りをぶちまける事も出来るだろう、けれどもそれだとあまりに大人気ない気がして待ったをかける。何て出来た女なのだろうと自身を褒めたくなるがその内心を奴に悟られでもしたらまた何処が、と吐き捨てられるのだろう。嗚呼、思い出したくもない。