水分を常に持ち歩かなければいけない程の暑い時期が過ぎ、夕刻になれば涼しい風が身体を通り抜けて世界は華やぐ。それを眼にしながら一人で笑いを含んだ表情をしていれば何処からともなく自身の名前を呼ぶ聞きなれた声に視線を寄せる。秋の紅葉が善く見える高台の傍にある岩の上で腰掛けていれば隣には聞きなれた声の男が定位置だと云うかのよう、極自然の動作で座り込むのを尻目で見ながら落ちていく葉を追った。はそれを掴もうと腕を伸ばしてみるがメートル単位で離れている木から落ちる葉は追い風が吹かない限り掌に収まる事等ないだろう。テンゾウはそう思ったが決して口には出さす只隣で彼女の動向を見守る事に専念している、いつもの何ら変わりのない光景に辟易した彼女が口を開く。これもいつもの事なのだが今更何を云った処で容易く変わるものでもない。

「テンゾウ、今日は非番なの?」
「ええ、さんも、でしょう」

実は二人は常々同じ組を組んでいるのだから相手の非番の日を知らないというのはないのだが、会話が成り立つ為の一歩はいつも此処から始めていた。うん、と返したら会話は直ぐに途切れ、沈黙に埋もれる二人に紅葉だけが静かにゆらりと風に乗っていた。

会話がない事が特別気まずいと思うような仲ではない二人にしてみたらこれが普通の在り方だった。テンゾウからへ何かを尋ねる事は滅多になく、こうして任務以外で行動を共にしているのが不思議で仕方ないと云うのには先々に現れるテンゾウに問いかける事もなく、彼の方も問いかけられない限りは答える事はしない。テンゾウはこの頃、今使っている名前以外の名前を火影に与えられそちらの方の仕事が忙しいのか中々暗部で会う事が眼に見えるくらいに減ってしまった。今日、彼女が彼と会うのも実に二週間前後の時間が過ぎていた。冒頭で、彼女が彼に問いかけた非番の日かと聞くのも不思議ではなくなっていたのだ。

「何だっけ、」
は必死で思い出そうと頭で考えていた事が無意識の内に口から零れ落ちてテンゾウの耳に入る。テンゾウは依然前を向いて此方を一度も向くことを善しとしないを盗み見ながら何です、と答えた。ええと、ヤマダ、だっけと眉間に皺を寄せ言葉を紡ぐ彼女にテンゾウはそれが自身の今受け持っている班で使っている名前についてだと解った。善くヤマダで分かったと褒め称えたい。

「ヤマト、ですよ」
「ああそうそう、ヤマト、だ」

そう云いながら腕を精一杯伸ばしたまま、ヤマトと云う名前を何度も復唱する。
途中ヤマダに戻っていた事に一々体力は使いたくないとテンゾウはの唇の動きを眺める。彼女の唇は化粧等しなくとも朱く、男のそれとは違い熟れた果物のようだと思いながら何故こんなにも唇に見惚れているのだとテンゾウはまた時々ヤマトからヤマダになりかけたの唇から視線を逸らせば、紅葉が彼を笑うかのように回転して落ちていった。やっとヤマトと覚えた彼女は、そこで初めて彼へ視線を向け、それに気が付いた彼も合わせて視線を合わせる。眼が合えば先程見入ってしまった唇が弧を描き、笑っているのだと知る。

「案外ヤマト、が本物だったりしてね」
「何を云っているんですか」

呆れたように言葉を発するテンゾウには心外だと唇を尖らせる。ちゃんと彼女の耳に届いただろうかと震動しかけた言葉。声が震えそうになったのは自身でも偶にヤマトかテンゾウか解らなくなる時があるからだ、だから彼女がヤマトが本物かもしれないと予測を立てるとすれば彼はそうかもしれないと思ってしまう。厄介なものだとテンゾウは笑いを押し殺す、視線を合わせているはテンゾウの変化に眼がきょろりと動き、宙に視線を彷徨わせた。

「ヤマトが本物かもしれませんね、」
「結局の処どっちなのよ」
「さあ、僕にも解りません」

拗ねた声色になるにテンゾウは形の善い綺麗に弧を描いたそれに口付けた。腕を伸ばす事を止めた彼女の手はテンゾウによって押さえられていたがその掌の中には紅葉が握られていた。唇を離しいつの間にか取っていた秋の紅葉に驚けばはその紅葉と同じ、又はそれ以上に朱くしてテンゾウを睨んでいた。

庭に咲いた秋の実

2010/10/15