テンゾウと呼んだらその無表情の顔に縦皺が一本出来た。ヤマトと呼んだらその皺がまた一本と増え、無表情よりは表情のあると云える顔となった。驚いた事に私は未だ彼の笑顔を見た事がない、と記憶を辿って覚えている彼の表情の隅々まで思い出してみたが嘲笑のような、皮肉めいた笑い方でしか彼の笑顔は見た事がないのだ。確かに笑ってはいるのだけれど、それは本心からの笑顔ではなく、いつも誰かを嘲笑っているかのようにも見える。はたけ上忍に問いかけては見たものの彼はちゃんと笑える、らしいのだが私の前では一切そんな笑いは見た事が無いとは云えずには今日もヤマトの姿をその視界に入れる度に淋しくなるのだった。

中忍という立場からすればヤマトは雲の上の存在と云って善かった、滅多に人前には出てこないヤマトの存在を知るものは少なくもつい半年前までは知らない大勢の者達の中に属していたのだが、そんなヤマトを知るきっかけが彼女に降りかかった。単独で任務についたは然程難しくないそれを時間通りに終わらせたその帰り道、野党に襲われた。なんてことは無い、只の野党だと高を括っていた彼女の予想は大きく外れ、視界が霞みかかる程の大怪我を負った。中忍だとは云え立派な忍が忍術も使えない野党に負ける筈はないのだがその時は運が悪かったのか一味の中に上忍クラスの忍が数人混ざっていた、それに後一歩でも気付かなかったら光は零、死んでいただろう。とあまり状況が芳しくない状態では印を結んだが背中がまた焼けるような痛みを覚え、振り向く間もなく異物が背中から食い込んでくるのが分かったがそれをどうにかする力もなく、彼女は地面に倒れた。

死とはこんなにも容易くやってくるのだろうか、とは精一杯の強がりを見せるかのように歯を思い切り食い縛る、その音が嘲笑う野党達の元に届いたのかその嘲笑は更に増した。悔しい、がもう自分にはどうする事も出来ずこのまま死を待つだけとなった。

「木遁、」

静かな声が耳に届く、霞む視界を凝らして顔を上げると数秒前までせせら笑っていた野党達は一人残らず地面に倒されており驚きを隠せない。が声も出せず、直ぐに限界がやってきた彼女は地面に身体を落とした。身体の回りに優しい風が何度か吹き、包まれたような錯覚を覚えた。じりじりと確かに痛んでいる傷跡だけが彼女を攻撃していた。目を覚ますと真っ白なシーツと布団と天井、何もかもが無に見えて小さな頃から苦手としていた病院には寝ていた。寝ていた所為で頭が酷く虚ろで何故、と云う疑問を解決するのに暫くかかった。身体をどうにか起こすと利き腕とは反対側の腕には半透明のチューブが数本動かしが利く柱に繋がっている。クナイやら剣を使う癖に点滴の針は苦手だった、は自分の腕から視線を逸らし誰も居ない白い部屋で唯一輝いている窓の外へ向けた。綺麗な空がきらりと挨拶をした。「…誰だったんだろう」

その答えは直ぐに彼女に伝えられた、とは云っても病院から出るのに二週間はかかった。お礼がしたくて、周りに触れ回っていた処を丁度良くカカシと廊下で鉢合わせたのだ。あの時ぼやける視界の中で見えた黒い髪、顔の周りを覆うヘッドギア、静かに彼女の耳に入った、声は優しさを含んでいるように彼女は思えた。カカシはそ知らぬ顔でにその時の状況を教えてもらうと、と云うより相手の形を聞いて直ぐに解ったのだろう。笑いを噛み殺したような、口元を覆っている布をくしゃりと皺を寄らせる辺り彼女の予想は多分外れていない、そんな表情をしながらカカシはに云った。

「あー、テンゾー…、今はヤマトか。ヤマトだよ、そいつ」

カカシが云うにはヤマトと云う名を持つ忍は上忍らしく、腕も立つらしいのだがは聞いた事がなかった。初めあまりしっくりと来ない名前にカカシは人前に出る事が極端に嫌いだからとまた布に皺を寄せる。その姿は相手をからかう材料を見つけたかのような笑いに、彼とヤマトと云う人物の関係性を上手く知らない彼女は頭の中に疑問が出てくるだけだ。ヤマト、と云った名前の人物はどうやら上忍待機所にいるらしいからとカカシの云った通りにはそこへ向かう。中忍がそこへ入るのは躊躇いがあるのかは何度か扉の周りを蜂のように徘徊した後、意を決し扉を数度それでも遠慮がちに叩いた。ほんの数秒の事がには何十秒、若しくは何分にも感じられた。扉が開くとそこから顔を出したのは咥え煙草を習慣としているアスマが顔を出し、顔見知りではあるが緊張の為、頬を引き攣らせたにアスマは訝しげな視線を送った。

じゃねえか、如何かしたのか?」
「あ、あの…ヤマト上忍いらっしゃいますか」
「あいつに用か、」
「は…はい」
「おーい、ヤマト。客人だ」

アスマは直ぐに中に向かって声を張り上げた、それに少し恥ずかしくなったのか無意識のうちに視線を床に落とした。ヤマトと呼ばれた人物はアスマと入れ替わりに上忍待機所から出てきてを視界に入れた途端、無愛想に見える表情が驚きに目を見開いたようにも見えた。それがとヤマトの出会いだった。何故此処にと云うヤマトに、ははたけ上忍が、と云う言葉に直ぐに察しが付いたヤマトは苦虫を潰したような顔を作る、それが初めて彼女が感じたカカシと、ヤマトの上下関係だった。


「テン…や、ヤマト上忍」

振り向いたヤマトは訝しげな表情で彼女を見やる。
はもう慣れたように笑いかけるのだが、ヤマトの表情が和らぐ事は中々なかった。だいぶ前に態となのかカカシが漏らしたテンゾウと云う名前についテンゾウと呼んでしまったりする時は笑う事すらなく、無の顔から冷たいとさえ感じる程に変わる。気をつけてはいるのだけれど、と思ってみてもカカシとの雑談となると彼はいつもヤマト、ではなくテンゾウと呼ぶものだから慣れてしまったと此処には居ないカカシをは秘かに恨んだ。

お礼をしたいと申し出てきた彼女にヤマトは丁寧に断った筈なのだ。任務の帰りに運良く野党に襲われていた彼女を見つけ、助けた只それだけだと云うのに彼女は普段の温厚な雰囲気とは全く違い、見掛けにも寄らず頑固らしい。ヤマトは秘めている事を考えないようにする事は至極当たり前の事で、口にする事等もっての他だと感じているのに一部はそんなヤマトの努力も虚しく勘付かれている辺り、自分の未熟さを思い知り悔しくも思う反面口を滑らさないだろうかと不安になった。特に自分のもう一つの名を、彼曰くうっかりらしいが、悪びれなく云ってのけた上忍には気を付けようと心に決めているがいつ何処で云われるか判りはしない。

現に今だってほら、彼女は自分を見て微塵も怖そうにしないのだからあの上忍も性質が悪いとヤマトは苦々しい表情になる。それ処か笑顔さえ向けてくるものだからヤマトはつい緩んでしまいそうになる気を引き締めようと躍起になったが彼女にはそれが嘲笑のようにでも見えてしまうのだろう、少しだけ瞳の奥が揺らぐ、嗚呼駄目だと思った途端踵を返し彼女の前から遠ざかる。ヤマトは自分の表情の貧困さに嘆きそうになったが、それがあるからこそ今の自分が此処までやってこれた気がして何とも複雑だった。

「誕生日、ですか?」

そう、誕生日とカカシが愉しそうに笑うものだからつられても笑う。その誰かは言葉にしなくてもこの二人の間の会話の中心となる人物は一人しか該当せずカカシの云う誕生日、とはヤマトの事だと直ぐに察しはついた。この年で誕生日を祝われて嬉しいと感じてくれるのだろうか、ましてやあのヤマトなのだと眉を情けなく下げた彼女にカカシの顔は常に笑いを持つ。カカシの提案したのはこうだ、ヤマトの誕生日、つまり明日にが食事に誘ってお祝いをするという単純明快な事なのだが、彼女の中では如何やらそうでもないらしく、瞳が不安げに揺れている。大丈夫、ヤマトは君には優しいよとは云えず、カカシはそんな彼女の背中を優しく押した。そして少し前の会話に遡る。

「ヤマト上忍!」

もう一度彼は振り向いてに視線を投げ掛けた、驚く程真っ直ぐな瞳で射抜かれてヤマトは開きかけた唇をそのままに硬直してしまった。どうして君はこんな僕に、と云う言葉は喉まで出掛かったが直ぐに心臓に戻っていった。はカカシに背中を押す、と云う名目でくれた予約なしでは到底入れないような場所の長方形の紙切れなのだが、それを見せればそんな予約は元から要らないとでも云うかのように直ぐ入れるものを二枚くれたのだ。それをは掌の中でくしゃくしゃにしてしまっている事も気付かずにヤマトを見上げる。彼は彼で口を数ミリ開けたまま、呆けて彼女を捉えていた。食事にでも行きませんか、と言葉にするつもりがうっかりと告白混じりの言葉を吐いてしまうのはヤマトが半開きの唇を閉じ、変わりと云うかのように深海の底のような瞳色を大きく見せた時だった。

サンスベリアな恋

2010/08/10|Happy Birthday!