空に上がった風船を見つけ声を洩らすと隣から呆れたような、息吐きがする。何か文句でもあるのですかと里の最高地位を誇る風影様に向かって視線を投げれば呆気なくそれは跳ね飛ばされ、今日の天気の良し悪しを述べた。私はそんな事が聞きたいのではないのですがと唇を震わすが然程気にも留めていない。これが若くして風影になった男我愛羅様だ。様付けしない時からの知り合いの為、敬語、敬称がつくのは酷く変な気分になる。それは彼も同じようで当初は名前の後に続く敬称、敬語が耳に入る度に眉間に皺を寄せられたものだけれどもそれが慣れてくると風影様でも我愛羅様でも普通に返答してくれるようになった。

「本日のお仕事は宜しいのですか」
「構わん。今日の分は午前中に終わらせてきた」
「流石、若いだけありますね」

笑うでもなく風影様はそうでもない、簡単な仕事ばかりだから早く終わっただけと自身を過信せずそれでいて何処までも頼もしく感じてしまう。若いと云うのはこの場合善く思われず、反感を持つ者が居れば名前は云わないが(語尾にじゃんを付ける人とか、姉さんとか。誰かは云わないけれど)とかが黙らせているというのを風の噂で聞いたが真意の程は謎だ。(多分本当だろうというのが私の見解だ)風影様は空に向かって何かを呟き、一拍置き部屋へ戻るよう促した。それは本来ならば私の役目である筈なのだがいつも風影様の方がそれを云うのが早く私はそれを先に云えた試しがない。それを聞けば世話役が聞いて呆れる(悪ければ解雇)と云われてもおかしくないのだが未だ実現した事はなく、ひっそりと胸を撫で下ろしている。

そもそもどうして中忍と云う強くも弱くもない中途半端な立場の忍が里の上に立つ者の世話役になれているのか未だに疑問なのだ、それを当の本人に問いてみてもその度に白を切られるか、そもそも話をしていたのかさえ忘れる程に内容を上手くすり返られるものだから今は聞く事を諦めていた。

「どうして私なのですか」
「書類整理が上手くなければ世話役とは云えん」

書類整理等誰でも出来るではないか、と云う言葉を思い切り飲み込みつつ眼下に置かれた紙の山を分類した日の事が脳内再生され、その呆けている間に風影様は独り部屋へと戻っていっていた。慌てて追いかけた処で善しとしていない忍に会い二言三言、常套句のようになってしまった厭味を聞かされながら執務室へと戻れば風影様は既に書類と面を合わせている最中だった。

「遅れてすみません」

風影様の顔が些か上へと行き、直ぐに頭は書類へと向かう。
構わないと云う言葉にあまり自分が居る意味がないのではないだろうかと眉を寄せた。風影様が居る前でこんな顔をしてはいけないと指先で眉間の皺を伸ばそうと努力しながら、自分用の机に腰を下ろした。彼の居る場所から右隣前に位置する机の背後は窓があり、もし此処から敵が何かを投げ入れたとしても被害を被るのは私で済むというが今まで何度かあった敵からの攻撃は全て風影である彼の持っている能力によって防がれている。

守備能力も執務能力も他の者より長けているということはないと云う事が自身の劣等感を酷くしていた。(何故彼が私を選んだのかも分からないまま過ごしていくのは苦痛だ)こんな事ならば選ばれた時、もう少し考えるんだった。彼の近くに居られると思った安易な頭がいけなかった。

「好きだと云えばいいんじゃあないのか」

早い話だ、テマリさんの言葉に呑んでいたお茶を思わず吐き出してしまいそうになる。話の軸となる風影様は三時間と云う短い睡眠を取りに自宅へと帰っている最中だ。その間にも彼の周りには絶えず警護されているのだが、部屋の中までは流石に居らずテーブルを囲んでいるのは私と変な事を云い出す彼の兄弟の一人であるテマリさんだ。いつも活気があって頼もしいお姉さまと云った彼女はまた弟に聞えるかもしれないというのに気にせず、と云うより聞えてしまえと云わんばかりの音量で会話を繰り広げる。たじたじになる私にそんな事では他の女に取られてしまうぞと笑うのだから困った。確かに昔馴染みの、風影となる前から想っていた彼は今は誰の眼から見ても視線を全て奪ってしまう程の存在となった。彼女の云う通りこのままでは他の人に取られてもおかしくない…否、取られるというのは変だ。私は彼の世話役でしかないのだからこの表現は違和感がある。

「どうせの事だ、もし良縁が出た時は潔く身を引くつもりだろう」
「私が好意を持っている事は確定なんですか」
「当たり前だろう。あんなに分かり易くては、気付かない方が可笑しい」
「……」
「ほらな」

勝ち誇った笑顔のテマリさんは美しい。私もこんな風な容姿ならば少しは自信が持てていたかもしれないと湯呑みの中に残ったお茶を口内へと流し込んだ、こんな事じゃあ忍失格かもしれない。忍はどんな時でも感情を露わにしてはいけないのだから、冷静さを欠いていると常々想っていたけれども此処まで周りに知られていたなんて。(恥ずかし過ぎる)最後のお茶を全て飲み込んだ後、目の前で笑うテマリさんを見た。

「いつから…ですか」
「何がだ?」
「すっとぼけるのは風影様だけにしてほしいです」

すっ呆けた覚えなどないがと云いながらも彼女の唇はゆるりと弧を描いているのだから信用がないのだと手中にある湯呑みを上に持ち上げようとするけれど、中身が入っていない事を思い出し腕の力を抜いた。流石兄弟だけあって似ている処がある、と独りごちれば運善く彼が起き出してきたのか寝室の方で微かな物音がした。テマリさんは何が面白いのかくつくつと笑っているし、私は理解できず顔を顰めた。それから彼が扉を開く、何てタイミングの善い。

「おはようごさいます、善く眠れましたか」
「ああ。…それよりもテマリ、」
「分かってるよ、ごめんごめん」

くすくすと笑うテマリさんにいつまでも訝しげな視線を飛ばす彼。その間で座り込んでいる私と三角形になっていて変わった組み合わせが出来ていた。会話の脈略が掴めない私は頭に疑問符と前後の会話から見出せる答えを探していた、けれども言葉少なである彼の台詞をひとつひとつ解釈してみても私には分からず、そこで彼女が謝りを入れる理由も分からなかった。

「考え込んでどうした、
「……っ!」

思考の働きを突如止めたのはいつも聞いている彼の声。
身体を震わせた動きでテーブルも揺るぎ、二つの湯呑みが絨毯へと落ちた。私のは中身が空だと知っていたから慌てはしなかったけれども、もう一つの湯呑みの中身はお茶が残っていたらしく盛大に零れたと一瞬は思った。(そう本当に一瞬)湯呑みがころころと転がっていくのに対し液体は砂に染み込んだ、顔を上げれば彼が全くと呆れた顔一つしないで砂で湯呑みを拾い上げた。

拾い上げたそれをテマリさんが受け取り私は、風影と呼ばれる彼、我愛羅に釘付けになっていた。砂が液体を飲み込んだのとは逆に身体中の血液が高速で駆け巡り、今にも逃げたいともがいているような感覚がした。テマリさんの笑顔、彼の偶に見せる笑顔が重なっては離れ、眩暈がする。

ラブジャック

2011/01/19|Happy Birthday!