奈良シカマルの誕生日が明日だと聞いた昨日。そして誕生日だと周りが騒ぎ出した今日。私は勿論の事奈良シカマルに何かを用意するなんて可愛らしいことはせず、いつものように出勤し、事務室の扉を開けば呆気に取られる。いつもの、あの忌々しい奈良シカマルの背中は見えず大きいものから小さいもの、一貫しているのは明らかに異性から送られたと分かる可愛いラッピングとレースやリボン。事務室はそこまで大きくは無い、大きくは無いがこれは予想外の多さである。奈良シカマルの誕生日を知ったのは昨日、去年も一昨年も毎年奈良シカマルの誕生日に限り運が善い事に非番だった為この光景を見るのは初めてだった。道理でイルカ先生が苦笑いを浮かべるわけだ。人気があるのは知ってはいたけれども此処まで奈良シカマルと云う男の株が上がっている等とは露にも思わず、間抜けな事に大口を開けて呆けていた私を察したのか、箱の隙間から奈良シカマルの声が聞えた。朝のご挨拶としては随分無礼だと思う。

「その大口、見てらんねえから早く閉じてくれませんか」

言葉遣いは丁寧(少しだけ乱暴だけれども)でも云う事は最悪だ。
見ていない(見えない)癖にと心の中でごちる。関係の無い箱達を蹴り飛ばして奈良シカマルに掴みかかりたいと些か思ったのだけれども、その一時の感情はいつものように無視した。どうにか足場を見つけ机までたどり着けばぎりぎり隣の男の横顔が腰を曲げる度に見える程度だった。これらに囲まれ一日仕事に集中しろというのは酷だと出勤早々頭が痛んできたがその頭痛も、背後の箱達を初見した人の驚きと問いに何度も答えて居るうちに何も感じなった自分の順応力の高さを少しは評価してほしい。

「後ろの夥しい数の箱はなんだい」
「相方の誕生日プレゼント、だそうですよ。ヤマトさん」

書類を提示されながら何度目か分からない問いかけに返答しながら書類を確認する。ヤマトさんは明らかに事務報告目的ではない列が出来ている隣と、辟易していますと云った顔つきの私を見て全てを察してくれたようだ。

「ああ、大変なんだね」

書類の有無を確認したヤマトさんは小さな飴玉を投げ入れて励ましの言葉と共に去っていった。こういう時に彼のような人のささやかな心遣いに胸を打たれてしまう、のは私だけではない筈だ。甘いもの好きには見えないヤマトさんから受け取った飴玉を指先で転がした後また新たに差し出される書類を受け取った。丁度、隣で小さく舌打ちが聞えてくる。こっそりと隣の受付に視線をやれば見知らぬ女の子が恥ずかしそうに小さな箱を受付に差し出している処だった。ぼそりぼそりと聞えてくる可愛らしい声に続き、何とも素っ気の無い声が重なる。あれでもてるのだから世の中変わっていると思いながら知らない間に出来ていた書類の縦皺。書類は全て此方に回ってくるのだから、舌打ちを落としたいのはこっちの方だ。無意識に流してしまったチャクラの所為で出来た書類の皺も、奴の所為だ。

いつの間にか時計が定時を指し、空も多分影を落としているだろうと箱の向こうにある窓を一瞥した。奈良シカマルの顔は最早ちらりともせず全く見えない状態。私としては願ったり叶ったりで嬉しかったりするのだけれども書類の整理や確認をお互い取るのには不便ではあった。この箱の山をどうやって持って帰るのだろうと疑問を口には出さす胸の内で考えながら荷物を鞄に詰めていくうちに私はこの愛の篭った箱に半日で毒されてしまったらしい。顔の見えない箱の向こう側の男へ無意識に声を投げ掛けていた。

「あの、奈良、くん」

自分で云っておいて背筋から全身へから兎に角色々な処に吹き出物が出る感覚がした。いつも黙々と仕事をしていく二人の間に会話という会話などなく、それはもう名前なんてもってのほか、苗字呼びも組んだ当初くらいで。奈良シカマルも同じような感覚だったらしく箱で隠れていても顔の一部が歪な形を成したのが何となく感覚で分かった。私だって厭なのだとは決して口には出さない。

「…なんすか」
「あ、いや…今日誕生日なんだってね」
「そうっすけど」

表情は窺えず、空気と声色で考えるしかないこの状況下の中。忍としての能力を試されているような気がしつつも何とか言葉を続ける。向こう側で聞える指先と紙の摩擦やらが胸に響くなんていつもの私ではありえないし、何だかおかしかった。

「私、何も用意していないのだけど、」
「別に。元から期待なんてしてないっすから」

素っ気無い一言。いつもならばちょっとしたことにも癇に障り、ああ厭だ!と思う。けれども、何故か今はそんな気分には全くならなかった。これはつまり誕生日効果というものなのだろうか。この空気に絆されてしまっている私が居る。自然と何かを探る私の手、鞄の中には余計なものは入れない主義だから何もない。ポケットに手を突っ込むと昼間に貰った飴玉と今朝家から持って来たチョコレートが入っていた。掴む私の指先。

「お誕生日おめでとう。プレゼントにもならないだろうけれど、チョコレートあったから」

お手軽なチョコレートを顔も姿も見えない隣。書類が通せるだけの隙間にそれを差し入れそうとした私の指先が奈良シカマルの声で止まる。

「もう一個」
「は、」
「…それと違うもう一つの方、」
「……飴?」
「そうっす。そっちの方、下さい」

何で飴の存在を知っているのか、とかそもそも二個ある事がどうして分かったのだろうとか、口にしようとして差し出しかけたチョコレートの包みがきらりと光る。その光が問いを消してしまい私は言葉を失くした。もう一つの飴は昼間、辟易していた私にヤマトさんがくれた優しい欠片。それを誰かにあげてしまうのは些か失礼な気がした。迷う指先とすっかり静かになってしまった事務室。あ、と声を出したのは奈良シカマルだった。別に、厭ならと続けた奈良シカマルの声で私の指先は迷い無く甘味の両方をポケットから掬い上げた。私であって私ではないような感覚だ。チョコレートと飴玉の両方を隙間から差し出した。

「両方あげる」
「……いいんすか」

いつもふてぶてしい奈良シカマルからこんな声が聞けるとは思わなかった。少し戸惑っているような、困惑した感じの声色。飴玉とチョコレートひとつでこうなるのなら最初の時にこの手を使うのだった、とこの場に似つかわしくない事を思った。

「私はそこまでけちじゃないわよ、」
「、じゃああり難く、頂きます」

差し出した掌に乗った二つの塊を掬い上げられる。奈良シカマルの指先が汗ばんだ私の掌に少し当たる。刹那どきりとした心臓と引っ込めた手、気の所為だと思う事にした。それからもう一度おめでとうと云い逃げるように事務室を去り、家路に着いた時には大事な書類をロッカーに残したままだと気が付いた。けれども戻る気にもなれず明後日の締め切りだからいいかと開き直りながら動悸が止まらない心臓を布団で覆った。どうやって箱を持ち帰ったかは知らないけれども次の日には大量にあった誕生日祝いの品は全て綺麗に無くなっていた。昨日起きた妙な空気は箱と共に消え去り、早朝から見た奈良シカマルの背中は相も変わらず酷いものだった。

サラダボールの真中

2011/09/22|Happy Birthday!