窓の下は五番街の雑踏

※ロストタワー設定(殆ど捏造)
身体が何度も左右上下捻られ押しつぶされ、気持ちの悪い感覚が全身を覆った。こんな感覚は久しぶりだ、と刹那思った後、光に吸い込まれるナルトを追いかけた事を思い出した。全く、いつもの事だが無茶をしてくれる、ヤマトは捻られる脳の中でため息をつく自分を思い浮かべた。いつになったら一向に気分のよくならない感覚から抜け出せるのか。少しの時間でしかなくてもヤマトには永遠と呼ばれる時間を手にしたような気がしたが、それは、唐突に終わる。ふにゃふにゃになりそうな身体は突然硬質なものと接触し、力の限り向かっていった所為で、痛みは余すところ無く享受した。

「イタタ…」

あの感覚から抜け出したいと思ったのは確かだが、こうも唐突だと身体がついていかない。思い切り叩きつけられた背中を擦りながら立ち上がると、軽い音が足下で跳ねて、ヤマトは一瞥する。あたりは廃墟なのだろうか、見渡す限りまともに建っている建造物はなく、瓦礫の山が続いているだけだ。先ほどの攻撃の所為でこうなってしまったのだろうか、サクラやサイ、自身と同じく光に身体を蝕まれたナルトも見当たらない。瓦礫の下敷きになったのでは、と最悪な結末を想像したのだが意識が混濁する前に、サイがサクラを抱えあげたのが視界の端で確認は取れている。あの二人ならばどうにか出来ているだろう。残るナルトの生存だが、自分と同じように飛ばされたとしたら近くにいてもおかしくはないのに、見渡す限り人らしき形、影はなく、息づかいも自分自身のものだけ。一番に声を大きくさせる少年のことだから近場に居ないか、のびているかのどちらかだろう、と思った。

「さて、どうするかな」

瓦礫の山の上でひとり、思案にふけるのもいいのだが、どうにもここはおかしい。地に視線を持っていった事で少しの違和感に気付いた、体感時間にズレがあったとしても今さっき壊された瓦礫に緑苔が生えるとはまず考えられない。太陽の光が盛大に差し込むためか、焼け跡がくっきりと分かった。あの深さから天に穴が開いたとして、太陽の光を数秒浴びたくらいでは、ここまで焼ける筈はなく、少しずつのずれが疑問となってヤマトは首を傾げる。何処まで飛ばされたのだろう、自分たちが居た場所でないとしたらここは、いったい。光に呑まれた時の感覚が身体の中心から渦を巻いて、逆戻りして暗部の男だと云うのに、立ち眩みで瓦礫から足を滑らした。

「うわっ………」

身体と共に残骸も落ちて些か喧しい音を立て、落ちた身に、何てざまだ、と悪態をつく。
眩暈から戻ってきた思考と、受身を取ったのはほぼ同時だった。(最近本当ろくなことがないな…)というよりも第七班の隊長を務めるようになってから、自身の気は些か抜け気味なようで、ろくな眼にあわない。尊敬という言葉では足りないほど、憧れを抱いている男はとんでもないタラシのうえ、持ち上げ上手でいつもうまいこと云いくるめられてしまうのは日常茶飯事だ。は、と気がつけば財布の紐(ヤマト自身のもちものだというのに)を握っているのは憧憬している男。今回の任務もとうに復帰しているのに用事があるからと押し付けられてしまい、敵に不意をつかれた結果がこれだ。(お前を信頼しているから頼むんだよ、なんて云われたら断れない)

それがこの有様だ。尊敬している先輩(とヤマトは呼んでいる)が見たら腹を抱えて笑うかもしれない。仮にも暗部所属の忍が瓦礫に足を滑らし、頭を打ち付けそうになった、だなんていい酒のツマミになるだろう。先ほど、頭を揺らしたお陰で、優先順位が混ぜられ、自身の誕生日、などという余計なものを思い出してしまった。

幼少から祝ってもらう機会などなかったから今更誕生日というものに固執することはないのに、何故か頭を過った事柄に違和感を覚える。ヤマトというコードネームを貰い、表で活動するようになってから一般的な祝い事に駆り出される(財布係とも云える)ことが格段に増えた。しかし、誕生日などは歳を再確認し、体力の衰えなどを心配するものでまともに行事として催してもらうには、少し歳をとってしまっていた。特に体力の衰えというものはどんな者にでも平等であり、ヤマトも例外ではなく、三十路という道に足を踏み入れかけているのだから、そうも喜んでは居られないし、この状況ではそんなことを考えている余裕などないことを思い出した。

「と、今はとにかくナルト達を探さなくちゃね……木遁」

普段の冷静な自分がやっと顔を出し始めたのか、ヤマトは言葉にしつつ今度は慎重に足場を作っていった。場所を変えると先ほどの廃墟のような姿は何処へ行ったのかと眼を疑う光景が広がる。瓦礫のような場所から一変し、建物は煌びやかに装飾され、人気のまったくなかった道には当たり前のように人々が行き交っていた。更にいうなればこの場所は随分昔に滅んだとされる、民が住んでいた。下調べが活き、広がる光景は文献にあるとおりの過去の民の姿そのものだ。信じがたい、と呆気にとられるも、白昼夢を見ているとは思えず、今も感じる不快感や打ち付けた背中の痛みが夢で済む筈がない。

(不格好さは夢であってほしかったが)ヤマトはあの封印を解いたことで何か劇的な変化をもたらしたとしか思えない、と直ぐに憶測を立てた。しかし、時間を戻す方法なんてあるのだろうか、忍世界に身を置いていても、過去へ肉体ごと飛んでしまう、という事は経験した事はない。

(、信じられないな…でも…だとすると僕は過去に、?)

いまいち信憑性がない仮説に自然と眉がつりあがる。
石橋を叩いて渡る、程の慎重派のヤマトのことだ。二つ返事では信じられず、複数想定、仮説を立てて見るも、やはりどれも事実とちぐはぐである。立ち止まったヤマトに人ごみは行きたい方向へと進み、度々肩がぶつかり合って謝りを入れる。どうみても生身の人間だし、誰かが造った幻影だとかの類には見えず、半信半疑で解術をかけてみるも、風景が変化することはない。となると、益々険しくなる顔つきに人々は自然と避けていく。無意識のうちに恐怖による支配を発動していた、黒目のヤマトは一向に気付かず、悶々と自身の世界に浸った。が、そんな彼の腕を思い切り引っ張り出す力が突如現れ、考え込んでいて隙だらけだったヤマトは簡単にその力に折れた。

人ごみから避けた建物の間で、力の作用は止まり、ヤマトの腕は開放される。驚きに思考をもっていかれ並べ立てた説は一瞬で吹っ飛んでいってしまった。ヤマトよりも些か下で目線が合う。ヤマトは益々わけが分からなくなりそうだった。

「貴方、木の葉の忍ね?」
「———……」
「何故此処に…はっ……まさかミナトの奴、また内緒で!」

カカシだけでも手いっぱいだというのに!と憤慨しているのは女性だった。額には木の葉のマークのついた額宛をしている。不意をつかれたとはいえ男一人を引っ張っていくには余程の力がないと出来ない。ヤマトの眼は益々見開かれる、というのも別に不意をつかれたのが女性だったから、というわけだけではなかった。ヤマトが幼少の頃世話をしてくれた女性(ひと)だったからだ。驚きに何も紡げずにいる、ヤマトの、目の前の女性は「後でとっちめてやる…!」等と物騒な言葉を吐く。ヤマトの中にあった、説はあっという間に打ち砕かれ、過去に来てしまったという単純明快な答えだけが残された。そう、この人が、今の自分の傍に存在するのはありえないし、その上、ヤマトに対して「木の葉の忍」と称することから、彼女は今のヤマトを知らない事が伺えた。

言葉の所々に聞き覚えのある、酷く懐かしい名前が彼女の口から出るということは、過去、だということを認めざるを得なかった。ヤマトは、焦る内心とは裏腹に、顔色には一切出さずにすることは出来たが、何と言葉を返せばいいのかまでは分からなかった。酷く懐かしい姿に思わず眼を細めてしまう。記憶の中の彼女と、なんら変わりのない姿が目の前にあった。ひとつに縛ったヤマトと同じく黒い髪の毛、瞳。化粧気のあまり無い、肌に乗る唇は赤い。何も変わらない。ただひとつ違うのは過去の自分は彼女を、見上げて見ていたのが、すっかり大きくなった身体は軽々と見下ろす立場になったということ。

「ミナトに頼まれたの?」
「………え、あっ…はい。て、ヤマトと申します」

は黙り込み、ヤマトに一瞬、訝しげな視線を寄越したが、はヤマトね、とにこりと笑い自分はだと名乗った。
(、さんと云ったら呼び捨てでいいよと笑った)笑い方もそのままだ、と手を伸ばしかけた腕の行き場はこれからの事を話すねという言葉に砕かれて、ヤマトは腕の行き場が分からなくなり、情けなくも、少し戸惑った。任務についているのは四代目火影(この時代ではまだ火影ではないらしいが)ミナト、秋道チョウザ、油女シビ、それにヤマトが憧れて止まないはたけカカシ(生意気なガキ、と悪態を垂れられるあたり、まだ若いようだ)それに、ヤマトが会いたくて仕方なかった女性、の五人がこの任務についているらしい。カカシの幼少期も少しばかり気にはなったが直ぐにどうでもよくなってしまった。彼女が居るということがどれほどヤマトの心を支配したのか、任務の内容を淡々と話しているはそれに気付かない。

「それで、まだ探っている途中だから分からないことが多いの。一緒に行動してくれる?」
「はい。あの、ミナトさん達とは合流しないんですか、?」
「ああ、いーのいーの。探っていればいつか会えるでしょ」

いいのだろうかと、迷ったが、過去の出来事だ。本来ならばヤマトは此処には存在しないし、彼女とは共にしなかった筈の事だったから、彼女の言葉に従うに超した事はなく、今のヤマトには有り難い話でもあった。は行きますか、と意気揚々に立ち上がり、ヤマトをそれに誘う、その姿はよく自分が追いかけていたそのものだった。

が自分の保護者として傍に居てくれたのは、罪滅ぼしだったのかもしれない。少しの間だが、大蛇丸の配下にいて実験を手助けしていたと告白した女性の小さな肩が重なる。幼子を使っての細胞実験だと知ったのはヤマトが唯一の生き残りの人間だと大蛇丸から知らされたときだったと、告げた時の衝撃は今までのどんなことよりも鮮明に残る。知らない事は罪だ、と云った彼女の、言葉、行くあての無かったヤマト、当時の、テンゾウをは引き取りたいと申し出た事。しかし、一時であろうとも知らずにいたとしても手を貸したことに変わりのないと、何度も取り下げられた願いは、熱意に折れた三代目火影がしぶしぶ頷いてくれた事。全てが、つい、昨日の出来事のように思い出し、ヤマトの内心は収拾が利かなくなりそうだった。

よ、よろしくね」
「………よろしく」

退院直前の対面はとてもいいものとは云えなかった。
シャツから覗く腕には無数の注射痕が見え隠れし、子供らしさの象徴である無邪気さがすっかり抜け落ちていた。テンゾウ自身も、身も内面も触れようものなら崩れ落ちそうだった、自分を引き取る女など、どんな奇特な人間なんだと思ったものだ。しかし、元来陽気な性格であるの明るさにほだされ、衣食住共にすることで心が近くなった気がしたし、任務から帰ってきたテンゾウが、自分から話題を提供した時の彼女はとても嬉しげだった。誕生日を祝ってもらう機会がなかったと云ったが、と暮らした短い間には必ず祝ってもらっていた。思い出せば、やさしさで溢れていた日々に、テンゾウが恋に落ちていくのも、容易に想像できる話だった。どうして自分は手放してしまったのだろう。あれほど大切にしていたことを、いつの間にか思い出さなくなっていた。

「罪の意識で、あなたは僕を、」

まっすぐな眼はを射抜き、何も語らずただ虚無を受け入れて、感情を落としたままの少年の姿。
過去の出来事を打ち明けられた後、彼女の言葉に耳を貸す力はなくなり、気がつけば保護者の知らぬ処で暗部になっていた。(さん、)拙い恋心と、闇を持たせたきっかけを造っていたという事実と、テンゾウは身を蝕み続ける事から、逃げ出したくてたまらなかった。実験にされた身体に好奇の眼や言葉、心さえなければどんなによかったかと思ったことも、彼女が居ればどうでもよかったというのに、裏切られた気分だったのを覚えている。(さん、さん、)

「ヤマト、の眼…なんか似てるのよね」

前を歩いていたはくるりと振り向いてヤマトと視線を合わせた。無意識に眉間に寄る皺、考え込むといつもこうなっていた、とヤマトは思う。とくり、と殆ど機能していない部分の心臓が鳴る感覚が、した。ただ思い出したからだ、重なる視線に意識を持っていかれたわけではない、決して。逸る気持ちを抑えつつ、言葉にする。(なにに、それとも誰かに、?)

「んー…家族に…かな」

少しの戸惑い、言いよどんだ唇は些か震えていたように見えた。家族に、と言葉にしてしまったのを後悔したように、の表情にはかげりが差し、ヤマトの視線から逃れる。それはほんの些細な違いだったが、長く時間を空けても、ヤマトにはその違いがしかと見て取れた。彼女の背中はこんなにも小さかったのか、肩も、忍服から覗く手足も、自分よりずっと小ぶりな形を成している。あの頃気付かなかった脆い姿が垣間見え、ヤマトは過去の自分がした仕打ちを思い出す。これ以上近くにいると忘れかけていた記憶が鮮明になっていくのが分かり、理由をつけ彼女から離れたらいいのだが、この状況を打破する手がかりを失うかもしれないという理由を付けて、身体は彼女から離れようとはしなかった。

かげりを心に戻したはまたヤマトに背を向け人ごみの間を縫って歩いていく。眼を一瞬でも離してしまえば何処かへ消えてしまうのではないかと危惧するヤマトに、は無邪気さを孕んだ瞳で、「こっちよ」と云った。忍の身軽さを抜きにしても、彼女の背中は羽が生えたような軽さを含んでいた。