今とても泣きそうだ。そう思いながらも顔の筋肉が造りだすものは笑みだ。もっと素直に感情を出せたのなら安倍先生は私を、感じてくれただろうか。心はこんなにもぼやけたものだと云うのに瞳の方が見せる視界ははっきりと先生を映していた。

「…先生、」
「お前さんはどうしたいんだ」
「……」

先生はしっかりと私の顔を見ているのに、私は目線だけを交わらせているだけ、ただそれだけで心から先生を見ていなかった。しっかりと見てしまったら先生が余計遠くなる。どうしたい、私はと自分自身に問うけれど簡単に答えは返ってこなかった。好きなのかと、先生は眉を寄せて聞いてくるけれど好き、というものはなんだか違う気がして首を左右に振った。それが更に先生の視線を強める事になるのを知っていても。直ぐにでもこの手を折ってでも振りほどいて彼女の元へ、神楽坂要の元に行ってしまいたいのだろう。それだけは私の心は許そうとはしなかった。

「だったら、この手を離してくれ」
「厭です」

逞しい先生の腕に手を絡めて力を強くした。先生は折れば直ぐに離れる手をそうして無理やり離そうとはしない。どうして、と分かりきったことを聞くのは好きじゃない私は聞かなかった。悲鳴が私と先生の耳に入る。その瞬間全く抵抗を見せなかった腕が勢い良く動き出し私の事を見ずに駆け出して行ってしまった。私はただ先生の後姿を見つめることしか出来ないまま涙が服に染み込んで行った。彼女しか見えないことも、私をただの生徒にしか見えないことも知っていたよ、。

ぼやける境界線

2010.04.15