この一線を越えるとして貴方はちゃんとそこで待っていてくれますか、と聞くといつもの癖だと云うように眉間にシワを寄せた。今更何を云っているんだと呆れた言葉をもらっても私は云いたくて、止められなかった。足を止めると何歩か先を行った忠義さんは私につられて止まる。

「この水溜りが境界線だとして、もし、貴方から、この水溜りを超えて来なければ私に会えないのだとしたら会いにきてくれますか?」

私の一歩先には水溜りがあってその水溜りを超えた先には貴方が可笑しそうに私を見つめていた。私はその一歩先にある水溜りに靴をつけるとそれを前に弾く。ちいさなちいさな粒たちが飛翔して前に向かっていく。音もたてずそれらは忠義さんの服に染み込んだ。小さな点々は前からそこについていた模様のように見えて少し可笑しかった。それに不機嫌になりながらも、忠義さんはその粒へか私に向けてか声を出す。

「おい、お前さん。ずっとこうして居るつもりか?」

忠義さんは私を見下ろして怪訝そうな目で見てはため息を落とす。私に云っているんだと即座に分かったけれど、私は続けた。別に忠義さんの気持ちを疑っているわけではなく、ただの気分と云ったらきっと彼は怒る。だけど、不意に思ったり、涙したり、些細でもそんな感情あるでしょう、私はきっと今そんな気持ちだと思う。

「、会いに来てくれますか、忠義さん」

忠義さんの言葉と視線を無視して聞くと彼は自身の頭をがしがしと盛大に掻きむしった。気分が優れない時や考えている時によくする仕草だと私は思いながら忠義さんを見つめていると水溜りの向こう側の彼から手を引っ張られて、大きく水の粒が忠義さんの服に染みを作って、私のスカートにも少なからずかかってあ、と声を漏らしたのだけれど彼はそれを気に留めることもせず、私は水溜りを超えて忠義さんの真ん前に立った。それでも忠義さんは口を真一文字にして莫迦やろうと云っただけだった。

水溜りの向こう側

2010.01.17