「煩い!嫌いよ!」

ばしんと左頬が痛みを訴えた。睨みを利かせた瞳で彼を見上げると彼は私以上に瞳の鋭さを強くして見下ろしてくる。私は精一杯のやせ我慢をして彼を見るけれど彼は全く動じていないのが直ぐに解る、まるで知らない人のようだと思ってしまう。

「お前さんが、いや、それが本音か?」

一瞬だけ緩くなった気がしたが頭に血が上っていた私には彼のことが理解し難い。じりじりと痛む頬を左手で押さえつつも、私は目に涙が溜まっていくのを感じた。感情を表に出してはいけないわけではないのに私は必死に彼を見る。まるでそうしなければいけないかのように。退魔師である私がその仕事が危険であることは解っているし、それが理解できない程私は愚かではない筈だ。それなのに彼ときたらそんな私がどうしようもない莫迦で愚かな人間だと云うような目で見てくる。退魔師をやめろ、だなんて彼らしくもない台詞。この仕事を好きでしている私には彼の言葉は許し難いものだった。彼だって同じ退魔師の一人なのだから解っているだろうに。

「…っ、本当よ、忠義さんなんて嫌い…、!」

嫌い、と云った途端彼の瞳は驚くくらいに冷たくなったことは怒りで鈍くなった私でも瞬時に感じた。身体が思うように動かせなくなる。云ってはいけない言葉を自分が云ってしまったのだと気付いた時にはもう遅く、彼はその冷めた瞳でもう一度私に向けた後、部屋から静かに、音もなく居なくなった。それでも私は何かに取り付かれたかのように全身が固まったまま、先程まで彼が居た場所、瞳が合った場所に視線を合わせたままだった。

まもなく灰色に満ちるだろう

2010.01.25