買い物袋を沢山持って店を出ると外はぽつりと滴が落ちてきて丁度良く顔を上げたの額にそれは落ちてきた。手持ちの傘を差して直ぐ酷くなる雨に自然と傘を持つ手に力がこもる。溜息をつきたくなる天気に文句を云っても彼らはそれが仕事なのだから仕方がない。寧ろそれがなくては人間は生きていけないのだからその仕事を失くしてもらうわけにはいかない。分かってはいても気分が落ち込むものだと視線を逸らしたその先で違和感を持ち、自然に足は歩むことを止めた。

「…あれ、安倍先生…?」

視界が悪く見え難い中で日本人男性に対して大幅に身体の大きな人が店先のところで立ち往生しているのが見えて、思わず声に出してしまうとこんな雨の中だと云うのに彼は聞こえたのかタイミングよくこちらを向いて驚いた。その驚きで荷物を落としそうになったのだけれども、どうにか踏みとどまる。安倍先生らしき人物は私が近づいてくにつれて目が見開かれていくような、気がした。

「何だ、か。どうしたんだ、こんなところで」
「…それはこっちの台詞だと思うんですが」

その雨宿りをしていた人物は予想通り安倍先生で相変わらず、口が悪いと思った。口が悪いと本人を目の前にして云う程私は肝が据わっていないので心の中でだけの呟きだ。黙って彼をまじまじと見ると安倍先生は眉をよせていかにも厭そう、否忌々しいものでも見るかのような顔つきになっていくのを感じて慌てて袋の持っていた方の手を上に持ち上げて左右に振った。

「あ、いや別につけて来たとか、違いますから…ね?」
「…ああ、知ってるよ。その様子じゃあな」

先生の視線の先には買い物袋。お昼ご飯を作ろうと台所に立ったら調味料が全くなくなっていたことに気付き、雨の中スーパーに走ったのだった。それもそうですよね、と持ち上げることによって重さが増した気がして腕を下ろし、先生に向き直るとまた眉をよせて見るものだから少したじろいだ。呆れたような顔にも見えなくもないけれど、考えていることが良く分からない為ここら辺は皆様の想像にお任せする。

「まだ、何かあるのか?」
「何がですか?」

良く分からない表情のまま先生の真意も分からず首を傾げると安倍先生は顔をしかめて手を外に、追い払うような手振りを見せてさっさと帰れという言葉まで丁寧に吐いてくださった。雨は相変わらず差している傘の上に激しく叩きつけてくるし、安倍先生は屋根がある店先でいつまで立っていなければいけないのか分からない。でも、先生、傘ないんでしょう、と口に出すと先生は、私でも分かるくらいに拗ねたような顔つきになり視線を逸らした。

「大きな世話だ。ほっとけ」

そしてまた追い払うように手を払ってきた。私は、一歩先生から離れてもう一度視線を合わせようと躍起になる。先生は私より何十センチも背が高いから視線を合わせないようにすることなんて簡単で私と先生が視線を交わらせることはない。知り合いが雨の中、傘がなくて困っているのを無視して帰れる程私は冷たくないつもりだ。視線が合わないのはもう仕方ないとして、先生に向かって云う。

「…よかったら、一緒の傘使います?」

おずりと云った提案に、視線を合わせなくなった先生が私を見ると同時に目を見開き、その数秒後に何故か顔を朱く染めたのにつられて何故か提案した自分までもが恥ずかしくなった。

相合傘、しましょうよ

2010.01.16