エドなんて嫌いだ、だっていつも可愛い女の子を見かければと云うよりもロゼさんを見た時のエドの表情ったら最低なものだった。鼻の下は緩み、頬は朱みを差し、視線なんて泳いでいる。確かに彼女はとても可愛いと思うし、エドがそうなるのだって可笑しくない。健全な男ならば誰もがロゼさんに惚れても変ではない。寧ろそうじゃなかった方が違和感を感じる。って何で私、援護しているのだろうと思い立ち、エドの嫌いな処を上げてみる。今日も朝早くから目覚めたエドは眠れないアルと共に買出しに出かけたまま帰って来ず(私が眠っているのを善い事に)部屋に姿を見せた時は空には青ではなく赤が混じりかけていたのだから呆れ半分怒り半分で睨みつければ慌てるのはいつもアルだけでエドは面倒臭そうに顔を顰めるだけで買い物袋を押し付けてさっさと自分の世界に入っていくのだから苛立ちは燃焼されずに私のお腹の中で渦を巻く事になる。
「聞いてるの、エド!」
「ああ…聞いてなかった」
いざ話をかければこんな状態だ。今日はどうやら図書館で一日の大半を潰したらしくエドの手元には借りてきたらしい本が何冊か乗っていた。起こしてくれれば私も一緒に着いていったのにと文句を垂れれば本なんて読まないだろと変な処でちゃんと耳の機能を使っているのだから性質が悪いと思う。アルは既にいつもの事だと諦め切ったらしくベッドの端に座っていた。エドの態度にいい加減苛立ちが押さえられなくなっていた私は思い切り椅子から立ち上がり部屋を出て行こうとすればアルの声が不安げにする、散歩と答え街へ繰り出せばもうエドなんて知らない、忘れる、自暴自棄になる。
綺麗な夕焼けを作っている空の下、煉瓦通りをずんずん歩く私を訝しげに見る人々の眼を気にせず怒りをそのままぶつけていれば怒りなんて云うものは長く続かない。だから私はいつもエドに甘くなってしまうのだと分かってはいるけれども性分は中々直るものじゃあない。消火された怒りに我に返れば知らない通りにまで足を運んでいた事に気が付き、慌ててみるけれどもそんな事をしても宿までの道のりが分かる訳じゃなく頭を抱えてみる。辺りを見渡してみても入るのは建物と大きな空と、煉瓦造りの道がコンクリートに変わっている事だけだった。
(エド、が見つけに来てくれるとかそんな事は元より考えていない)
特別、エドと私は旅の関係以外の繋がりは生憎持っていない。けれども私はエド達の事をだいぶ前(と云っても一年前)から知っていて、興味を持っていた。国家錬金術師の資格合格の時に色々あって一緒に旅に出る事になり今に至る。エドが心配する事と云えば本が無い事と、食べ物と、アル。そう考えれば虚しくもなり最近は考えないようにしていたのだけれど、一人というのは不思議なもので要らない事まで考えてしまう。それにあれだけの本が手元にあるのだから私が居ない事に気が付くのはもっと先の話だろうってまたエドが来ないとか考えていないとか云っていた癖に考えている、ああもうこれだから恋心は面倒臭い。靴の底で頑なに自身を守る石を見つけ思い切り蹴り飛ばせば、それは上手く軌道に乗り空を飛ぶ処までは善かったのに一秒にも満たない間に頭上から文句を垂れる声がする。誰かに当ててしまったと溜息をつきたくなるような最低な一日だ、と顔を上げればそこには見つけに来るとは思ってなかったエドが石段に上って幾らか高くなって私を見下ろしていた事に消火した筈の(名残があったらしい)苛立ちは炎上した。
「何しに来たの」
「散歩していたら誰かさんの蹴った石が俺に当たったんだけど」
「普段の行いが悪いからでしょ、ざまあみろ」
「それはお前も同じだろ、ばあか」
「へん、エドにだけは云われたくないんだけれど」
「はん、俺だってにだけは云われたくないね」
先を行くエドに投げ掛けた言葉が返って来る度に苛立ちはまた少しずつ薄れてきて、気が付けば宿の前まで戻っていた。エドは驚いている私の視線に耐えかねたのか待つ事はしないでさっさと中へ姿を消した。もしかして迷子になっている私を探しに来てくれたの、と部屋に帰ってしまったエドに投げ掛けてみるけれども此処からは私の勝手な妄想と憶測だ。でもそう思ったらエドがロゼさんに向けた笑顔も何だか赦せてしまう、なんてやっぱり私は結局エドが居ればいいらしい事に気が付き、本当に恋って面倒だなと再確認した。