窓の向こう側は激しく地面を打つ水音で騒がしい。道理で人足が少ないわけだ、と店内でくつろぎながら一人ごちた。店内では店主である以外に男が一人食事を取っていた。雨のお陰で、普段以上に肌寒いというのに男は上半身裸、半ズボンといった服装だ。頭には他の露出部分を補うかのようにテンガロンハットを深くかぶっている。只でさえ背中に主張する大きさで彫られた刺青で身構えてしまうというのに、深く帽子をかぶっている事で怪しさに拍車をかけていた。フォークと食器が当たる音が何度もするけれども正面から客の顔色を窺うような度胸はなく遠目から男の引き締まった背中を眺めてるだけだ。注文を受けに行ったり、料理を運んだ時も目蓋までしっかりかぶった帽子が邪魔で表情なんて見られなかった。男のテーブル周りに積まれた完食済みのお皿たちが塔のようにそびえている。たくさん食べてくれるのは店の売り上げ貢献としては嬉しい限りではあるが後片付けの事を考えると頭が痛いとは窓外に視線を戻した。食器がぶつかる音、租借する音、雨の音、そして何故か鼾。もう一度視線を向けてみれば男はテーブルに突っ伏していた。(何故かフォークだけはしっかりと握られたまま)大丈夫だろうかと思わず椅子を引いた音が思ったよりも大きく誰も居ないというのに顔を朱くする。

確認をしに行くだけなのに何故か足音を最低限小さくしようとする自分に苦笑いを落とした。恐る恐る近づいてみれば思ったとおり引き締まった背中だ。近づけば尚更綺麗についた筋肉が眼を引いた。無駄の無い完璧とも云える身体のライン上には大きな刺青。何処かで見た事があるような…ああ、そんなことよりもと意識がそちらに持って行かれそうになったは深い深呼吸を繰り返し、男の顔を覗き込んだ。見事料理の中心に顔を押し付けた形のまま、中から寝息が聞こえてくる。どうしたらこんな状況で眠れるのだろうかと不思議に思いながらお客さん、と肩を揺すった。見た目通りの身体の頑丈さに胸がどきどきした。

「………ぐー……ぐがっ…あ、おはようございます」
「おはようござ…今はお昼過ぎですよ」
「わり、間違えた。コンニチハ」

そういう問題でもないんだけれどもな、と男の顔にたっぷりついたソースやご飯を見ながらは思った。目深いっぱいにかぶったテンガロンハットの所為で表情は分からずとりあえずソースいっぱいの表情だというのだけは分かった。服装も充分変だが中身も変わっているらしい。の視線と顔についたもろもろ気にする事なく続きを食べ出した男に背を向けて定位置に戻るに声がかかる。なあ、と二人きりの店内には大きい声だ。

「なんですか」
「此処の料理、全部あんたが作ってんのか?」
「私一人でやっているお店ですから」
「ふーん、」

そしてまた響く食器の音。雨の音。たくさん食べる人はいい。見ていて気持ちがいい。そんなことを思いながら窓外を見ているとあんなに降っていた雨が些か柔らいだ、そんな気がした。からん、頭の中でフォークが回転して躍っている姿を想像してしまい口元に笑みを浮かべた。食べ物たちに対しての礼儀の言葉が聞こえ、視線を向ければ男は立ち上がっていた。食べている時も寝ている時も深くかぶって肌身放さず、の印象を持っていたテンガロンハットがくるくるとテーブルの上で回転していた。躍っていたのはフォークじゃなかったのかとかどうでもいいことを思っている内に店の扉に取り付けたベルが何度か鳴った。男の姿は無く、テーブルの上にはまだ動くテンガロンハット。ベルはゆらゆらとして止まる。明らかにおかしい、と男が消えてからたっぷり三十秒使って理解した。

「あああ!食い逃げ!と、お客さんー帽子!」

慌てて外へ繰り出すもトレードマークのような帽子はの手元、雨はまた酷くなった。仕方ない、と何処へ逃げたかも分からない男を追うためにそのまま飛び出した。

雨の日、わざと傘を忘れて行った

2011/12/21|群青三メートル手前