リリーが笑いながら、とても愉しそうに話す彼の事を私は未だこの眼で見た事がなかった。リリーとはホグワーツ入学してから三年目で仲良くなり今まで行動を共にしていた友人を上回ってしまう仲の善さだ。リリーの話す彼の事を知ったのはそれから一年学年が上がる頃だった。彼女が云うにはとても優しい人で、頭が善くて(リリーよりも、と聞けば私以上よと自分の事のように自信満々だ)話していてとても愉しい人なのだと云うものだから私の頭の中に組み立てられる(男と云っていたから)理想像は果てしなく王子様のような歯を見せればきらりと光るそんな人。(夢の見過ぎだって誰にでもあるものだ)会いたいと思ってリリーに問いかけてみても彼女は会えたらいいわねと笑うだけで決して話に行く時に誘ってくれる事はなかった。もしかしてリリーはその人が好きなんじゃあないだろうかと探偵を気取り尾行もしてみようとか思っても直ぐにばれてしまい結局は談話室で大人しくしているしかなかった。きっと邪魔されたくないんだろうと一人で納得しながら出された課題に取り掛かれば戻ってきたリリーの笑顔はいつもの倍以上に素敵なもので、私を見るなり驚いたのだった。
「リリー、どうだったの?」
「いつもと同じよ。とても愉しかったわ」
口元を綻ばせながら隣に腰掛けて私が広げた教材の隣に自身の宿題も広げ出す。模範解答のようなリリーの言葉に頬をふんだんに膨らませればどうしたのと訝しがるリリーの綺麗な瞳。私はいつの間にかその顔の知らないリリー曰くとても思いやりのある彼(名前も知らなかったりする)の事が気になって仕方ないらしい。私は精一杯可笑しくないよう、どんな話をしたの、と付け加える。リリーは気が付かずそうね、と口を開いた。
「学校生活の事とか、そんな事よ。ああ、そういえば、貴方の事も話したわ」
ええ、と驚愕のあまりにインクにつけたばかりの羽ペンを離してしまいペン先は羊皮紙に真っ逆さまに落ち、突き刺さる。ぎゃあ、と談話室に広がる叫び声が出る。急いで拭く物を探そうと手を彷徨わせている内にインクは羊皮紙の繊維に潜り込み、陣地を拡大していく。リリーは仕方ないから初めから書きなさいよと隣で忠告を聞かずに私は拭く物を結局見つけられずに杖を振れば羊皮紙はあっという間に塵と化し、ぱらぱらと机にふりかけよろしく掛かった。(嗚呼もう、信じられない最悪だ)と心では冷静で居られているのに顔は間抜けにもぽかんと歯が善く見える。
「ほら、私はちゃんと云ったわよ」
リリーの云う通りに新しく書き出していれば半分まで埋めた内容を写す事が出来たのに、今は塵となった羊皮紙にそれを要求するのは無理な話だと肩を落としながら羊皮紙をもう一枚出し忌々しい羽根ペンをインクに浸した。すっかり頭の中から気になっていた事は抜け落ちていた。
直した甲斐あってか一度駄目にした教科の課題は上々のものだったけれど、それと同時にリリーが彼に私の事を話したというのを思い出し顔を朱くする。それがレポートを受け取ったのと偶然に合ったものだからまるで点数が悪かったように見え、後ろに並んでいるスリザリン生がそんな私を覗き込み冷やかしの笑いを向けてきた。けれどもその視線が羊皮紙に向けられた途端その笑顔は消え、面白くなさそうに唇は閉じた。
私の事、とリリーは云っていたけれどもその内容までは教えてくれなかった。
自分の事なのに内緒にされているのは何だか面白くない。私はそう感じながらもそれ以上追求する事なく一人で悶々と悩む、その彼になんて話したのだろう。彼はどう感じたのだろう。頭の中で渦が巻きそれを感じながら気分が悪くなっていくのが分かった。今日もリリーはその例の彼に会いに行っていて談話室にも部屋にも居なかった。私は不貞腐れながらソファーに腰掛ければその同時期に扉になっている絵画が合言葉はと云う言葉が聞えてきた。
「今日のスニベルスは傑作だった!」
「ああ、あの顔は見ものだったね。写真に収めて額に入れたいくらいだよ!」
悪戯仕掛け人こと、ポッターとブラックが軽快な足取りで談話室に入ってきた。
また悪戯をやらかしたのかと半ばうんざりしつつソファーで無視を決め込み手元にあった知らない誰かの本を手に取り中身を高速で捲れば辛うじて魔法薬学の本なのだと分かった。背後から読めるのと聞いてくる声に最後の頁まで捲り終わる。私以外でありますようにと祈りも虚しく向かいに来た眼鏡の青年ポッターが居た。
「読めるように見える?」
「いいや、全く。それに加え愉しくなさそうだ」
にこにこと云うような笑顔を向けたポッターにつられたようで彼の背にブラックがついて来ていた。此処に来ても愉しい事なんてないのにと思いながら、そういえばポッターはリリーに気があるのだと云う結構私の中では如何でも善くても彼の中では最も重要性を秘めた事柄を思い出す。普段の彼等ならば私のような極有り触れた一般生に声をかける筈がないのだと気付かされ、鋭くなっていく視線は最早自分でも止められない。
「そうだね。リリーも彼とお喋りに出て行っちゃって居ないし、詰まらないのは当たってる」
少しの悪意を込めてポッターに発言すれば、彼はそのリリーの云う彼を知っているらしいのかそれともリリーに近づく自分以外の輩が厭なだけなのか、途端に愛想の善い笑い顔は呆気なく崩れていく。それ、本当とポッターは先程の人当たりの善い顔から彼が云うスニベルス(名前は知らないけれど顔だけは見た事がある)の彼のような顔つきに変わる。そうだけれど、と驚いたのは私だけかと思ったのに意外にもポッターの背後に居たブラックも彼の変わりようには多少なりとも戸惑っているらしく、窺い知る事が出来た。
「あいつまだ彼女に付き纏ってるのか、僕のリリーに」
ポッターの発言と共についてきたまたか、と云う言葉にどうやら何度も起きている妄想発言らしい。日頃リリーの近くに居る私なら当たり前の事ながら彼は、ジェームズポッターと云う男は嫌われており何処をどう考えてもリリーがポッターの物になったという物的証拠もなければ感情も沸いていない。あるとするならばポッターからの一方的な感情と言葉のみだろう。何でこんな変な人を皆は崇拝するのだろうと些か疑問になりながら、あいつと云う彼の言葉に私は興味を持った。誰のものか分からない魔法薬学書は既にソファーの片隅でいきりだった自称リリーの恋人に潰されている。ブラックは親友の発言に余程辟易しているのかいつの間にか離れた場所で腰を下ろしていた。
「あー…Mr.ポッター、」
「ジェームズで善いよ。同じグリフィンドールの同級生なんだし」
「ええと、じゃあジェームズ。リリーの相手を知っているの、?」
疑問を投げ掛ければ遠くで座るブラックもリリーの話相手を知っているようで眼を剥いて信じられないと云う顔を作っていた。隣に座るジェームズなんかはふざけているのかと片眉が攣り上がっていた。
「知っていたら尋ねると思う?」
どうにかしてその表情を削げ落としたくて自身から言葉を投げれば、嗚呼と声を洩らすジェームズの声。ブラックはこの際居ないものとして私は初めて知るリリーの云う素晴らしい彼を想像しながら彼の口から零れ落ちる名前を高鳴る気持ちで待ち望んだ。ジェームズはブラックと視線を一度交わらせると酷く云い辛そうに口の中で言の葉を転がした後、彼にしては静か過ぎる声色でスニベルスだよと口元を引き攣らせた。スニベルス、と私も口内でその言葉を吟味したけれどもしっくり来なかった。(リリーが云う人物像と、私が見た彼とではあまりにも印象が違い過ぎた所為だ)スリザリンで、彼等に先程云ったようなあだ名で呼ばれている事以外は何も知らないからかもしれないと初めて知るリリーの話相手の白馬の王子様説は呆気なくぼろぼろと崩れ去っていった。