勢い善く部屋に入ってきた私を訝しげな視線で見やるルームメイトの姿を見る事なく自分だけの場所を示すカーテンを引いて世界と自分を隔離させた。ぐるりぐるりと廻っている頭の中で思い浮かぶのは無表情でしかない彼の顔が彼女の前では唯一微かではあるが変化があるそれがもう二度と見れなくなってしまった原因であるものを止められず私はただ傍観しているだけだったと云う事。傷ついた彼女の顔を眼にし、言の葉にするつもりではなかった彼が失言に気付き口元を閉じるが彼女の眼には涙がみるみる内に溜まってそれは止まる事を知らず溢れ返り健康そうな紅色の頬を滑り落ちた。

彼がその言葉を吐くきっかけを作ってしまった自称悪戯仕掛け人と云う四人組は目の前に繰り広げられている事を珍しくただ黙って見ているだけだ、輪の中に居なかったとしても私も似たようなもので丁度図書館からその一部始終を見ていた一人だった。彼女、リリーは涙を塞き止める事が出来ないのか制服の裾で目元を何度も拭うが次々に出来る涙の線に最終的には諦めたように流しっぱなしになっている、それを今まで見た中では一番表情のある顔をした彼、セブルススネイプは流れ落ちる涙を追う事もなくただただリリーのぱっちりとしたアーモンド型の深緑色をした瞳を凝視して離さなかった。その様子からして何て事をしたのだろうと呵責の念に苛まれている事が窺い知る事が出来るのにリリーはそのまま何も云わず綺麗な髪の毛を風に任せながら走り去っていくそれをシリウスに肩を思い切り叩かれたジェームズが慌てて後を追いかける。

残されたスネイプは彼らの背中を見る事をせずただぼんやりと宙に視線を泳がせているように見えた。既に本は閉じられて机に放り出されている、私は只その姿が脳裏に焼きつくまで見ていただけだった。燃えてしまうんじゃあないかと錯覚する程に眼に熱が集まってじわりじわりと涙腺から零れ落ちてくる涙が痛かった。




おはよう、と云う声に振り向けば珍しく私の起床時間よりも遅く女子寮から出てきたリリーの表情は暗かった。どうしたのと聞かずとも昨日の出来事を一部始終見ていた私は何も云わず、だからと云ってリリーにスネイプの事を聞くのは憚られた。何て云おうと思案している間にリリーの声を聞きつけたのかジェームズがいつの間にか下りてきていて朝だとは思えない元気の善さを挨拶で見せ付けてくれた。それをまともに返しているのは珍しくもリリーで私は耳を疑ったが二人の姿を見ればその疑いも直ぐに晴れてしまった。

「今日の朝御飯は何だろうね、?」
「そうね…あまり食べたくないわ」
「駄目だよ、食べなくちゃあ」

ジェームズもどうやら昨日の事を蒸し返すような能無しではなかったらしく(主席だと云うのが此処でやっと理解出来る)朝御飯を誘う彼にリリーは少し疲れた様子で頷いて見せた(さり気無くリリーの肩を抱いている辺りは許せない)余程堪えたのかそんな些細な彼のボディタッチにも気付かずにされるがままになっているリリーに代わってジェームズの脛を軽く蹴っ飛ばしてやれば涙目になりながら肩を抱くという愚行を諦めてくれたようだ。行き成りの私の行動に幾ら憔悴しているリリーでも思い切り隣の男に蹴りを入れれば気付いたらしく、と感嘆符をつけて注意を促した。けれど、リリーは気が付いていない。こうでもしないとジェームズはどんどん調子に乗って最終的には貞操の危機だと云う事に。と云いたいのを胃に押し込めて眉を吊り上げたリリーの腕を取った。

「朝食行こう!…あ、ジェームズ抜きでね」
「酷い…!折角早起きして君達を待っていたのに…」
「逆に気持ち悪いよ、それ」

寮の出口へ向かう私と引っ張られるリリーの後ろからジェームズがついてくるのを厭だと云うあからさまな視線を投げ付けるも彼は元よりリリーしか見えていないらしく何処か空間を見たまま元気のない私の親友を心配そうに見ていた。高めの穴を潜って廊下へ出るのは何らかの病を身体に持っていると辛いものがある、私は後ろを振り返り一度離したリリーの腕を引っ張ろうとするけれどそれよりも早くジェームズがリリーを抱き上げて穴から出してあげていた。驚いたのは私だけではなく空を見ていたリリーさえも驚いた。さあ、行こうと云ってリリーの手を引くジェームズは頼り甲斐がある。少しは見直してあげようかなんて思ってみたがその後に起こしたリリーの腰に手を回す行為によって彼の株はまた大暴落した。

大広間へつくと疎らな生徒達が自身の寮のテーブルに向かい椅子に腰掛けて朝食を取っていた。私の向かい側にリリーと組になっているジェームズが座り食べる気がしないと云っていたリリーのお皿に好きなもの(何故知っているのかと聞きたくなった)を入れてほら、と云う彼に軽く相槌を打ちながらリリーはそれをフォークで突き刺すことを何度か繰り返しやっと口に含んだ。私もリリーを見るのを止めて自身のお皿に好きなものを乗せ、口に運ぶけれど少しも美味しく感じられない事に自分は意外にも今苦しいのだと分かった。昨日の事を引き摺っていたのはリリーだけではなかったという事、私はどうして善いのか途端に分からなくなりフォークをお皿に落とした、その音にも気付かないくらいにジェームズはリリーに夢中だった。

03#鏡の君は昨日の亡霊